久々のカキコ。
twitterがどうも好きになれず・・・、会社のもスタッフに任せている私・・。

久々に自分のブログをみて、エロコメントが増えていてこれまたびっくりw


さてさて、今打ち合わせから戻ってきた。
朝、「社長!! 今日のゴゴいらっしゃいますか?お見せしたいものがあるんです!!!!」と勢いよくまた彼から電話が。

彼といっても、もう50近くの男性。
なんかヘコヘコ頭を下げられたり・・・・すると、こっちのほうがむしろもっと深く会釈してしまう・・・。


でも、この営業の方は・・・自分の商品なのに、何一つわかっていない。。
「このサンプルは、今、赤で着色されていますが、他にも色はあるのですか?」

「え・・・・・と、、そうですね。・・・はい、たしか・・・えっと・・・赤と、、、、黄色と・・」


 私・・・沈黙¥・・・・・・・・。



納期も、宿題、 価格も宿題とさせてください・・・。

結局、何もわからぬままでおわり・・・。w


そして、最後にきた質問

「いつごろ使ってくれますか?」







笑うしかなかった・・・・・・。



突然こっちに来たいといって、お話を聞いたけれども、
結局かれは 商品をもちにみせにきただけで、何も詳細はわかっておらず・・・・・。
おまけに、最後にのうのうと「いつごろ使ってくれます?」と。




もう白髪混じりの50代後半の方に、頭を下げられながら、こっちは質問しても返ってくる答えは宙ぶらりんのままで・・・・・何もわからず・・・だから、顔がひきつってしまう自分も隠せず・・・・、
ツッケンドンとした態度が、はたから見れば『なんと小生意気な女なんだ』って思われていそう・・で。




でも・・・・・・ビジネスだからね・・・・。



そのかたもいつも「社長!!!」「社長!!!!」って電話をかけてきては、「今近くにいいるので、わたしたいものが!!!」とくるし、営業としてはナンセンスだけれども、人としてはいいおじさま。

だから、なんか使ってみたいなぁと思う部分はある。。。



けどね・・・・・。






義理と人情。。 大事です。

けど・・・何億も余裕にある会社じゃないしねw。。





でも、年配の方が営業にこられると、本当に恐れ多い。・
前も、70歳のおじいちゃんの方がきたし。

背筋もぴんとしているし、計算も早いし!!!
60歳で、前の会社は息子に譲って、新たに技術の細部にまでこだわった商品だけをつくる会社を設立したとか。

すごい・・・・。
そのかたは、こんなぺいぺいな若僧な私に頭を下げて・・・・・真摯に対応していただいて・・・、
逆にそういうところにより敬服してしまい。


中国に生産をもっていかれるまでは、欧米もその方の工場で全てお願いしていたと。
単身で欧米に乗り込んで、売り込みにまわって、一時期は欧米から多くの注文も受けていたと。


人としても、仕事の生き様にしても・・・・
尊敬する方に出会えて、うれしかった。






とはいっても・・・・今日の人は・・・・・。



心が痛かった・・・。



でもここで自己マンのつぶやきをして、スッキリ。

さぁ、これからまた仕事がんばります。 
新年早々不吉と思われてしまうが・・・・・・・・、
最近「いつかは、人間誰でも死ぬんだ」という、ことをよく考えてしまう。

そして、究極の最近の私の考えは、
『私はいつ死ぬんだろう』ということ。

初めて“人間の死”について考えさせられたのは、インディージョーンズの映画で。
どのシリーズだったかは忘れたが、インディーが狙う財宝のありかは、地下にあり、
そこは火の海もあった。 いけにえにとらえられた人は、容赦なくその火の海の中に
いれられてしまう。 
その映画を見た後、一人怖くて泣いていた。それも涙をこぼした、ぐらいではなく、
おお泣き。寝ようと思っても、なかなか寝られず・・・延々と泣いていたような記憶が。

今でも覚えているのは、「死んだら、あぁいう火の中にいれられてしまうんだ。怖い。死にたくない。」
幼少ながら、私はそういう恐れを感じていたのだ。

それからは、祖父母の死。
現実的に、人間の死をまのあたりにして、自分がいつか死ぬ、という恐怖心ではなく、
その時は、純粋に祖父母とはもう会えなくなってしまったという悲しみの心で一杯になった。

また、小学校低学年の時は、よく入院もしていた。ときには長期入院のときも。
私はことさら命にかかわる病状ではなかったが、はいっていた大部屋には、いろんな病状に
おそわれている友達も多くいた。 特に仲良かった女の子は、白血病だった。
日に日にやつれていく彼女の姿、ある時は治療室らしき部屋から聞こえる彼女の叫び声。
髪の毛は全て抜けてしまっていたので、彼女のおしゃれは毎日の帽子選びだった。
かわいいピンク色の帽子をプレゼントされて、自分の頭にかぶって鏡をみたときの彼女の
満面の笑顔は、今でも脳裏にやきついている。 
大部屋だったので、元気になって退院していく子もいれば、気づいたら個室に移されて・・・
彼のベットの周りにはいろいろな機材に囲まれて、身体のいたるところからチューブや
点滴など・・・いろいろなものがつけられていた。 またある友達は、・・・・・・。
うっすら覚えているのは、友達の個室の外で家族と思われる人たちがみんな声をだして
泣いていたこと。 

幼少時ながら、私はどこかでもう既に『生きている』こと自体、また「健康でいられること」自体が
とても幸せなことなんだということ、また同時にどこかで「いつか自分も死ぬ。みんなも。」と。
あくまでも漠然とした思いである。 


それから10年以上もたち、私は両親の愛情等々により健康に生き続けることができ、
御蔭さまで27歳にもなった。

27歳になった今は、幼少時に感じていた思いがより、歴然と考えるようになってきた。

きっかけは、去年の年末に親友に会いにLAへ。
帰国前日の夜、私は“自分は死んでしまうのではないか”という恐怖体験をしたのだ。
今思えば、連日強いお酒を飲んでおり、泥酔状態が続き、
最終日の夜は、もう幻覚症状に近いものだった・・・・・・。
その時にみた幻覚が、酔いのあまりもう立てない私は、床にはいつかばっていた。
その時に、左側から悪魔らしき黒い残像の男が大きな刃がついている鎌をもって私に
近づいてきたのだ。私は必死に『まだ死にたくない!!まだ死ねない!!今死んだら
後悔だらけ。やりたいことがまだたくさんある。両親へ恩返しもしていない。』と
涙涙に彼に訴えた。 かたや右側では白い世界で、親友の『麻衣ちゃん!!麻衣ちゃん!!
しっかりして!!!!』という優しい声がきこえた。 彼の声を聞いていると、
恐怖心でいっぱいだった私の心がやすらいでいく感じだった。
そして必死に左側にいる黒い悪魔から逃げた。とにかく「死にたくない!!」と叫びながら。


きちんとした意識が戻ってきたのは、翌朝のことだった。
ひどい二日酔いで、これできちんと飛行機にのって東京に帰れるのかと思ったぐらい。。。


この恐怖体験がきっかけで、より「自分の死」について考え始めたのだ。


結論は、
『自分はいつか死ぬ。死を逃れようと考えるのはやめた。
いつか・・・・年をとってからと思っていたけど、いつ何をきっかけで命を失うのかはわからない。
だから、いつ死んでもいいように、毎日毎日を大切にしながら生きよう。
あの時に感じた“今死んだら後悔だらけ”と思わないように、一生に一度きりの人生、
夢・目標をもちながら、それを一つ一つかなえていって、後悔の念で一杯であの世にいくのではなく、
やり遂げた!充実感一杯の気持ちが顔にでるぐらい幸せな顔を残してあの世にいきたい!』
と思った。



もう今、この一瞬一瞬も戻ってこない。 
時間は止まらない。


今日というまた新しい日を、命があるかぎり、大切に無駄にせず生きていこうと思っている。



ある人から聞いた話によると、自分の死ぬ日を知りたいと思う人が全体の5%はいるというのだ。
0%に近いだろうと思っていたが・・・思っていたより多い数字に驚いた。
それぞれ抱えている思いというのは多種多様だろうから、その思いを批判するつもりはない。



ただ私は、今日、明日、または何十年も先に死ぬのかはわからない。
知りたいとも思わない。 


生きている、尊い命を授けてもらっている以上、
時間を無駄にせずに、大切にして有意義な日を過ごしていこうと。
限られた時間の中で、この世界中の何億人の中で出会えた友人たちとの奇跡。
そして新しい出会いの喜び。 
いろんな場面場面で感じる感謝の気持ち。 


新年だからこそ、今年の抱負を考える前に、
あらためて自分自身にもう一度言い聞かせたかったという思いで、今日はここにも書いてみた。



今日も一日“顔晴”りましょう!!!
新年 あけましておめでとうございます。

今年も無事に新しい年を迎えることができました!! 

健康で、家族みんなで新しい年を迎えられて・・・幸せな年の始まりを実感しております。 :)

昨日、無事にハワイより帰国してきて・・・なんだか夢の世界から現実の世界へ
無理やり戻されてしまった気がしてならず。。 寒さが余計につらく。。。。
ハワイの何がいいって・・・、今回あらためて思ったのは、あの太陽と青い海・青い空なんだなぁ
と。

今年は、勢いつけて“スピード”を意識して目標をどんどん達成していきたいと思っております。

さぁ、今年もいい年になるように・・・★

皆様にとってもいいとしになるように・・!!!

本年もどうぞよろしくお願いいたします。