■赤いやかん
映画の撮影が始まると、小津安二郎の北鎌倉の自宅からは、ちゃぶ台や茶だんすなどの家具や絵画などが運び出され、家の中はがらんとした。
小津のめいでキノエネ醬油 ナイキ SB しょうゆ)相談役の山下和子(73)は、小津と同居していた小津の母あさゑが「今、撮影だから家に何もないのよ」と嘆いていたのを覚えている。山下は「映画の中に見慣れた家具がよく出てきました」と笑う。本物志向の小津は、小道具一つでも自分が気に入ったものしか使わなかった。
その中に赤いやかんがあった。初めてのカラー作品「彼岸花」(1958年)で、赤いやかんは思わぬところに、ひょこひょこと姿を見せる。