(プレジデントオンライン)
PRESIDENT 2013年4月1日号 掲載
■「ヤンキー文化」が求めるデザインを
2011年冬、「ニュー ネクストニッポン ノリモノ」のキャッチコピーで発売されたN BOXは、自動車業界に衝撃をもたらした。2012年度の販売台数は21万台超。同じ「スーパーハイトワゴン」であるスズキのワゴンR、ダイハツのタントを抜き、軽自動車市場の競争激化を促すヒット商品となったからだ。
注目すべきは、そのハイグレード版として設定された「N BOXカスタム」が、全体の売り上げの約4割を担っていること。押し出しの強いフロントマスクやエアロパーツを装備した「カスタム」について、開発チームの白土清成さんは言う。
「我々が研究したのは、いわゆる『ヤンキー文化』と呼ばれるような地方の若者たちのテイストでした。軽自動車の重要なユーザーである彼らに訴求するデザインとはどのようなものか。実際の現場の声を聞いてきたんです」
しかし当初、開発チームの案にはデザイン部から強い反発があったという。そこで彼らが工夫したのが写真の1枚の資料。調査結果を1つの図に表し、「わからない」と渋るデザイン部に見せたのである。
「実はホンダは『カスタム』のようなデザインが苦手なんです。ヨーロッパの洗練されたデザインを『良い』とする伝統があるからでしょう。しかし、東京に出てホンダのオフィスで仕事をしてきた人たちと、地元に残って働く若者たちとでは価値観が違って当然。なので、その価値観の背景にある『ストーリー』を資料化してみた。これで『確かにあなたたちにはわからないかもしれない。でも、わからないのがチームの求めるカスタム価値なのだ』と暗に伝えた。調査結果を見れば、現実にこうしたデザインが求められているのは明らか。10万~20万円高い価格でも、自分で車をドレスアップするよりは安上がり、という感覚が欲しかった」
開発チームが社内の企画会議で貫いたのは、軽自動車のメーンユーザーとして想定する若者や女性の意見を資料の中で常に強調し、「軽自動車」に求められるものに対する社内の理解を深めることだった。例えば車内の広さと機能を説明する際も、こんな資料を作ったと実車テスト担当の西谷広滋さんは語る。
「男女混合のグループインタビューのときに印象的だったやり取りを資料の中に入れ込みました」
■「自転車ママ」の意見を太字に
問題となったのは「自転車」だった。コンパクトカーや軽自動車の「広さ」を表現するとき、「自転車を簡単に積めること」がアピールポイントに挙げられることがある。N BOXでも同様だったのだが、会議では「なぜ自転車なのか」との声が役員から上がった。そこで彼らが作成したのが、子育て中の母親の意見を太字にして紹介した資料だった。
「グループインタビューの際、ある男性が『自動車に自転車なんて積むかな』と首をかしげたのですが、『子育てしていない人にはわからない』と女性に言われると、すっかり黙ってしまったんです。男性には子どもを外出先から自転車ごとピックアップするという用途が思いつかない。その様子が印象的だった。思えば役員の多くも子育てにはあまり参加していないでしょうから、この声を紹介すれば彼らも同じように何も言えないだろう、と」
さらに西谷さんは「ダメ押し」として、木材などを利用して枠組みだけを作った実寸大の車体後部を会議に持ち込んだと続ける。
N BOXはエンジンルームを小さくすることに加え、フィットにも採用されているセンタータンク方式によって車内の「高さ」が確保されている。
「だから体ごと自転車を車内に入れることができるのですが、会議で物事を決める人たちは紙に書いてあることをまずは疑ってかかる。なので、紙だけで伝えにくいことは実際にモノを用意するんです」
このように資料のポイントを実物で裏付けることを繰り返しながら、N BOXは少しずつ現在の形になっていった。
彼らにとって同車の開発は文字通りゼロからの出発だった。前身のコンセプトカーをロサンゼルスモーターショーに出展したのが06年、当時のホンダには軽自動車用のCVT(無段変速機)や大開口スライドドアの技術がなかった。そんななか、完成間近だった試作車の凍結を経て、プラットフォームから設計し直したのがN BOXだった。
「私たちには普通車とミニバンの技術がある。価格の安さではなく、自分たちの得意な土俵に上がって戦おうとしたんです」(白土さん)
その気持ちを説明資料に込めてきた彼らが、技術者として最後に見せるのが実際の発売モデルを想定した試作車だ。
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