初老の紳士の言葉のまま、紗季は後をついて

豪華なマンションに消えて行く・・・。


「もし良かったら、気が済むまでここに居たら良い」

そう言うと初老の紳士は、フカフカのソファーに腰を下ろした。


「・・・」

紗季の目は、魂はほとんど死人に近かったほど

まともな状態では無かった・・・。


「そんなにずぶ濡れのままだったら風邪ひくぞ!

シャワーでも浴びて身体を温めておいで」

そう言いながら初老の紳士は、これまた豪華な箪笥から

シルクの白いパジャマと真っ白なバスタオルを

紗季に持たせた。


紗季は、なんの反応もしないまま、ロボットの様に

言われるがままに動き、バスルームへと消えて行った・・・。


「しかし、一体何が有ったんだ?」

尋常じゃい紗季の様子に気を遣うこの初老の紳士は

さっき紗季がお金を下ろすのに立ち寄った

コンビニのオーナーだった。


今日1日の売り上げの状況視察に来ていて

店の奥にある警備用モニターで紗季を見て

異様な雰囲気に胸騒ぎがして、彼女の後を追い

かさを差し出し声をかけたのであった。

雨が降りしきる夜の街

雨に濡れながら自分を見失い呆然と

ただただ暗い夜道を歩く紗季・・・。


突然、雨が当たらなくなった

黒く大きな傘が、紗季の頭上をおおっていた。


「どうしたの?こんな雨の日に、傘もささずに

風邪ひいちゃうぞ」


紗季はゆっくりと声がする方向へゆっくりと振り向くと

白髪が少し混じった壮年の紳士風の男が

黒の三つ揃いのスーツを着て立っていた。


壮年の男は、振り向いた紗季のあまりにもの

生命力の無さに、絶望感漂う容姿に一瞬引いた。

なぜ少女が、こんな雨の中をこんな感じで

歩いているのか、心配でたまらなくて声をかけたのだ。


「・・・」

「もし、良かったら家に来ないか?」


今の紗季には、自分の意思と言う物は

ほとんど無かった・・・。


ただただ、「獣の待つ家だけには戻りたくない!」

その思いだけで、他の事はもうどうでも良かった・・・。


壮年の紳士に促されるままに

彼のマンションへと向かう紗季であった。

夜の街には、まるで今の紗季の心の中を表す様に

真っ暗で、雨が降っていた・・・。


紗季の眼は死んだ様に、ただぼんやりと前を

見ているのかいないのか分からない位

足取りも、亀の様にゆっくりと歩を進めている。

行くあてのないまま、ただ、「もう獣の傍にいたくない!」

ただ、それだけでの想いで飛び出して来たが

出てきたら出てきたで、さっきの悪夢が

獣に殴られた、頬や腹部、そして足の付け根の部分の

痛みが、忘れようとしても、直ぐに襲って来る・・・。


紗季は、髪も身体も雨に濡れながら

重い空気を発し、夜の闇の街を一人歩く・・・。


やがてATMの有るコンビニで、家のキャッシュカードから

ありったけのお金を数回に分けて引き出し、バックに詰め込む


再び、雨が降りしきる夜の闇の街に戻る・・・。

雨なのか、涙なのか、紗季の頬を幾重の雫が流れ落ちる・・・。


今の紗季には、何も考える事が出来なかった・・・。

あの悪夢との格闘で精一杯であった・・・。


ほんの一瞬の出来事で、彼女の運命は

瞬く間に変わってしまった・・・。


神様の気まぐれか・・・何故だか紗季にだけは

冷たく辛い仕打ちをしている様に思えた・・・。

紗季の目には、ただただ、天井が揺れ動く場面しか

映らなかった、いや、観たくなかった・・・。

獣と化した義父の顔など・・・。

何にも表情も感情も無い、人形と化していた・・・。


「こんな悪夢、早く終わって・・・!

痛くて痛くてたまらない・・・

身体も・・・心も・・・

生きるって・・・男って・・・最悪・・・」

涙を流す可憐な少女の心の奥で

宇宙の果てまで届く様な叫びを発していた・・・。


「はああー、出る出る!くはあ!」

紗季の中に欲望の全てを注ぎ込む

「たまんねーな、ハツモノはよー、最高だったぜ!」

傍らで、タバコを吹かし、ご満悦の局地に浸っている。


紗季は、痛みと虚脱感と失望感と喪失感に襲われ

しばらくは、ピクリとも動かなかった・・・。


股間の間から、何か温かい物が流れ出す・・・。

紗季は、重い身体をゆっくりと起こし

まるで重い鉄球が足に付いた囚人の様に

けだるそうに、ゆっくりと浴室に向かう・・・。


シャワーを全身にかけ、石鹸を何度も何度も擦り付け

身体をしつこいくらいに、何度も何度も洗う。

けれども、心の汚れは、決して落とす事は出来なかった。

大きな涙が、シャワーのしずくと絡み合って落ち

声を出さないが、大きく口を開けて身体を震わせ泣いた・・・。


あの「お仕置き」以来、泣く事がなかった紗季が泣いた・・・。

この身体を、自分の命を亡くしてしまいたいとも思った・・・。

でも、あんな奴の獣の為に、命を亡くすのは悔しいとも思った・・・。


紗季は、自分の部屋に戻るとバックにちょっとした着替えと

昔から貯めていた、貯金通帳と印鑑とカードを積め込み

居間に下りて、獣が居眠りしている隙に

家のカードも持ち出し、家を飛び出した・・・。

紗季の新しい父親は、紗季をみると

「ニヤリ」と不審な笑みを口元に魅せた。


紗季の新しい父親は、紗季の母親と出会って

紗季との写真を見て、母親との結婚を即決した。

紗季の青い果実の魅力の虜になったからである。


二人が正式に結婚したのは

紗季が中学3年になった頃あった。


紗季は、身長が低めながらも適度に

胸元が膨らみ、腰の辺りにも丸びを帯びて

1人の女性としての魅力を少しずつ魅せ初めていた。


元々、顔立ちがTVに出てくる様なアイドルにも

決して負けない可愛らしくて美しい顔だったため

余計に魅力に輪をかけていた・・・。


そんな紗季に、人生最大の悲劇が訪れた。


ある夜、紗季の母親が職場の飲み会で遅くなった

その日を、虎視眈々と狙っていた新しい父親は

その夜、紗季と二人で食事をしている時

突然紗季に襲い掛かった。


「きゃー!なに?なにをするの?お父さん?」

「へへへ・・・前から、可愛いお前と

二人っきりになるのを待ってたのさ!」

「嫌!・・・止めて!・・・」

「うるさい!」

その言葉と共に、紗季の頬とお腹に計2発殴りつけた

「うっ!・・・」

余りの激痛に、お腹を押さえ声を失う紗季・・・

「へへへ・・・飯を食わしてやってんだろ?

おとなしく、やらせろよ!

その上、てめえの煩いババアと結婚してやったのも

お前とこうなる為さ!」


物凄い狂気の顔で、次々と罵声が紗季に浴びせられる

「い・・・や・・・や・・・め・・・て・・・」

必死に声を絞り出して懇願するも

獣と化した義父親には、全く届かなかい。


「へへへ、良いなー、若い娘の肌は!」

必死に抵抗する紗季の事など、御構い無しに

獣は自身の欲望を満たす為に、紗季の身体をまさぐる

裸にはせずに、胸元を開け、若く美しい胸を露出させ

スカートをめくり上げ、下着を引きちぎる様に下げる


「い・・・や・・・だ・・・れ・・・か・・・」

紗季の瞳から、とめどなく流れる無数の涙・・・。

「へへへ、そろそろ頂くか!」

獣はゆっくりと楽しむかの様に腰を沈める

「い!いたい!いたい!」

「いやー、処女だったのか、この押し返される

感触はたまんないなー」

「いったーい!・・・いやー!・・・」

心が崩壊して、廃人になりかけていた・・・。

部屋に閉じ篭り、じっとしていた。

生きているのか、死んでいるのか分からない

紗季は、ほとんど人生投げやりになっていた。


けれども、そんな紗季の状態には目もくれず

両親は、勝手に離婚を決め

彼女は、しばらく親戚をたらい回しにされていたが

何もせず話さず食べずの為

逆に親戚に心配されて、世話を焼いてもらえた。


けれども、紗季の閉ざされた心には、何も届かなかった。

閉ざされたと言うよりは、今の紗季には

心が存在していなかったのだから

反応しないのも当然であった・・・。


しばらくして、母親が見た事もない男と二人で

紗季えお迎えに来た・・・。


「新しいお父さんよ!」

母はそう一言だけ告げて、紗季に「おとうさん」

と呼ぶように強制させた。


子供の心の事は、何も考えないで

親の都合だけを押し付けて

酷い仕打ちを強いるのであった。


紗季は、ロボットの様な、感情の無い言葉で

「おとうさん」「おかあさん」と口にするだけであった。


紗季の母は、元々紗季に無関心だったので

紗季の言葉の変化になんの反応もなかった

それだけは、紗季にとって救いだったであろう。

なにせ「おしおき」をされずに済んだのであるから・・・。

彼女が中学生になる頃、両親が離婚した。

彼女は、どちらの親からも引き取る事を拒否された。

その事実を知った時、紗季の心はこの世の終焉を迎えた様に

パリン!と音を立てて崩れ落ちた・・・。


「私は、誰にも愛されていない・・・」

「自分の親にさえ・・・」


彼女の唯一の楽しみは読書だった。

テレビを観る事は許されていたが

両親のどちらかがいると、好きなテレビを観て

子供用の番組や、紗季が観たい番組は全く観れなかった。

そうは言っても、紗季の観たい番組等

普段から観ていないから、無いに等しいのだが・・・。


その上、テレビは紗季に成績の上で

有益な効果をもたらさなかったが

読書は、成績を上げてくれたり

読書感想文で全国1位となる等

物凄い有益な効果をもたらし

父親や母親からたくさんの褒め言葉をもたらした。

親は鼻高々になって、親の機嫌は否応なく高まって行った。


その上、読書は、彼女に沢山の夢や人生の可能性を

与えてくれて、紗季に生きる希望や勇気を与えてくれた。

読んだ本の中には、夜空の星について書かれた物も有り

今、自分が観ている星の光が、自分が生まれる

遥か前の輝きだと知って、宇宙の大きさや

人の命のはかなさを知った。


そして、親の愛情を沢山受ける主人公の作品も有ったり

逆に、紗季の状況よりも、もっと最悪な状況の主人公もいた

紗季は、自分が親に虐待されているとは、思っていなかったが

最低でも、心底愛されていないと、薄々は感じていた。


だが、いざその事が現実に自分自身に突き付けられると

想像以上の破壊力を持って、彼女の心を引き裂いた。


パリン!


紗季の耳にしっかりと聞こえた、今でも耳に残っている

張り詰めていた心が、壊れ、崩れ落ちる爆音だった。

紗季は、小学校でも「無感情の紗季」と言われていたが

成績は、トップクラスだった。

否が応でも、トップになっていた。


一度、経験した「お仕置き」をもう二度と経験したくない!

あんな鬼の形相の母親の顔を、もう二度と見たくない!

そんな思いが紗季を必然的に机に向かわせた。


元々、母親が参考書やドリルを幼稚園の頃から

小学生用の物を買い与えていたので

勉強のネタに困る事は、全く無かった。

小学校1年の夏にもう九九はマスターしていた程だった。


その分、外で遊ぶ事を知らず、同級生と遊ぶどころか

友達すらいなかった、いや、出来なかった。

それだけ、紗季は母親の笑顔が見たいため

褒めてもらいたくて、親の思いに答えたくて

お仕置きをされたくなくて、必死に勉強し抜いた少女だった。


夏休みも、朝から夜迄、勉強勉強

クーラーの利いた部屋で、一心不乱にシャーペンを走らせていた。

海水浴やすいか割り、カキ氷やお祭り、盆踊りや花火大会

わた飴や虫取り、川遊びや肝試し、プールや蚊に刺された痒み

これらは、紗季とは全く無縁の世界の物であった。

紗季は、こんなにも心が熱く燃える事が

自分の身に起きるなんて、今迄、想像する事も出来なかった。

嫌、ほとんど皆無と言って良かった。


彼女の今迄の人生は、平凡、普通の人生とは

ほとんど無縁の日々であった。


彼女の両親は、ほとんど無関心で

毎日お互いが、自分の利益の為だけに喧嘩をしていた。

彼女の幼少の頃の記憶は

父親が鬼の形相で、母親を殴り叩き蹴り付ける音

泣き喚きながらも、般若の形相で殴り返す母親

紗季の居場所などほとんど無かった。


赤ちゃんの時には、泣くと「うるさい!」と言いながら

父親母親から、泣き止むまで叩かれ蹴られた。

泣き止むと言っても、ほとんどが失神して泣き止むと言う感じで

一般的な子供が欲しくてたまらない夫婦に産まれた

と言う訳では無く、仕事大好き夫婦に子供ができ

世間的体裁や孫の顔を見たい親の為に子供を

下ろさずに産んだと言った状況で

紗季の扱われ方もおのずと推測されると言った感じであった。


その為、泣かない赤ん坊と言う事で

親類中で有名になった程であった。


その後も成長して行く中で

紗季は一度もどんな時でも泣かない子供になっていった。

と同時に、彼女から笑顔も奪っていった。

幼稚園では、「無感情の紗季」として有名になった程。


食事は、冷凍食品かカップラーメンかコンビニ弁当

正直、何も食べさせてもらえないよりは、マシって言う感じ。


そのくせ、学校の成績が悪いと、泣こうが喚こうが

許しをこおうが、血が出て、意識を失うまで

母親から殴る蹴るの、「お仕置き」と言う名の儀式が行われた。


そんな両親の顔は、今でも忘れられない。

紗季の記憶の中に封印されてはいるが

しっかりと命に刻み込まれていたのだった。

紗季は、じっと目を閉じたまま動かなかった・・・。

一博との平穏なこの時間を全身でしっかりと満喫するかの様に・・・

紗季の心は、今、とっても幸せでたまらなかった・・・。

このゆったりと静かに流れる平穏な時間・・・

彼女がずっと子供の頃から求めていた時間であった・・。

それが、今、この瞬間、突然訪れたのである。

紗季には、涙が出るほど嬉しかった・・・。


モールを行き交う人々は、二人に全く関心を示さずに通り過ぎて行く

一博が心配するほど世間は他人の行動に無関心なものだ。


左肩の紗季の頭の重み・・・。

首筋にかかる紗季の吐息・・・。

全身に感じる紗季と言う一人の女性の魅力・・・。


一博は、緊張しながらも左腕を紗季の背中から肩に持ち上げ

左肩にゆっくり優しく手を置き、紗季の体を少し引き寄せた。


紗季は、一博の腕に身を任せて、一博の左側に体を寄せる・・・。

紗季は、何故だか顔が全身が胸が、身体の底から

急にカーっと熱く火照る熱が込み上げて来るのを感じた。


ただ、それは、今までに感じた事の無い

とっても心地よい物であった。


紗季は、こんな素敵な時間がいついつ迄も

永遠に続いて欲しいと真剣に、願い祈っていた。