紫の吟遊詩人~月の影にて~

紫の吟遊詩人~月の影にて~

徒然なるままに今思う事を綴っていきます。

11月3日。

遂に俺は帰ってきた。


本当に久しぶりなconsadoのライヴ。
これ程待ち遠しかったことはない。
今回のライヴはとりわけ特別な想いがあった。 
お2人がステージに登場しライヴが始まる。
全く変わらないハーモニー、鉄壁といっていいバックの演奏陣。

2曲目で既に俺の涙腺は崩壊していた。
今回の会場は6年振り。大変幸運で光栄なことだが、俺はその6年前のライヴにもお邪魔させて頂いた。

当然、6年分の上積みがある…曲も音楽も歌声も。
感情表現豊かな歌声で曲の中の世界を、そのメッセージを伝えていく。

本当に涙が浮かんで止まらなかった。こんなに泣いたライヴなんてあっただろうか?というくらい。

終盤、お2人のお話が始まる。
今、彼女達には素晴らしいパートナーがいて、小さな生命が宿っている。その報告をされた時、1番最初に拍手をしたのは僭越ながら俺だった。

この事がニュース記事としてネットに上がっていて、その掲示板を見ていた。
心ない言葉を平気で吐き出す輩達。

中にはconsadoの音楽を聴いている、consadoの存在を知っている方の書き込みもあった。決してポジティブではなく、否定的な見解だった。

スタッフと思しき方が複雑な心境を吐露しつつも、一生懸命誹謗中傷を止めるよう呼び掛けていた。

それがなかったら、もっとエスカレートしていただろうし俺も黙ってはいなかった。「2人のことを知りもしない、音楽を聴いてもいないお前さん達、何を好き勝手なこと言いやがってんだ」と。

意見や批判をする権利は誰しもある。だが、言葉で人を傷つける権利は誰にもない。
 

言葉は時として残酷な凶器になる。

その凶器でconsadoを傷付けることだけは俺は許さない。 


誹謗中傷がスタッフの方が手に負えない程エスカレートしていたら、俺は心ズタボロにされてでも守る覚悟でいた。

幸いにもエスカレートすることなく終わったようだった。


お2人はオブラートに包んだ表現で話していらっしゃったが、離れてしまった方の事を何一つ批判することはなかった。


その話を聞きながら、俺はボロボロ泣いていた。

よく見ると俺だけじゃなく、何人ものdo民の皆さんが涙していた。


様々な反応がある事を、お2人は覚悟しているだろうな、と報せを知った直後から感じていたが…お2人は想像以上に大人の対応だった。


それがとても痛ましくて、やるせなくて、悔しかった。


何故皆祝えないのか?こんなめでたいことはない。お2人同時にご成婚されご懐妊された。ここまで息のあったデュオなんて世界中探してもないだろう。

なのに、何故彼女達の音楽に対する信頼が揺らぐのか?心に響かなくなるのか?


俺には全く理解出来ない。


俺がメインで聴いてるロックンロールやメタル界隈のアーティストの99%の実生活なんて無茶苦茶だ。

酒や薬物なんて当たり前、友人の彼女を強奪する、隠し子だ、子供だと名乗られてもどんな相手との間に産まれたのかも記憶が定かではないなんて珍しくもなんともない。


そんなアーティスト達が「夢を見よう」って歌っていたら心に響かない?

めちゃくちゃ響くけどな、俺は。


様々な経験をして、色んな事を感じたことを土台にして歌詞という物語(フィクション、ノンフィクション問わず)を、心を込めて歌うからこそ聴いてる側は感動する。

音楽ってそういうもんじゃないのか?


consadoも同じ。


その時その時の、想いや感情、テーマを秀逸なメロディにのせて歌っている…何が悪いんだ?家庭を持ち、新しい生命を授かったからこそ違った角度から曲を見つめ直し、歌うことが出来る。それの一体どこがいけないのか。俺は不思議で仕方がない。


昨日のライヴで早速それが垣間見えた。だから感動したし涙が止まらなかった。

6年振りの会場ということで、俺は初めてこれに袖を通した


しわくちゃにしてしまったのはご容赦して頂きたいが、consado最初期のTシャツであり、6年前のライヴでお2人が着用されていた。


常に俺は言ってるが、俺はconsadoのいちファンだ。決してdo民と呼べる者ではない。do民とは、グッズを買い揃え、FCに入会し、サイリウムを持ちいつもconsadoのTシャツを着て、沖縄だろうとどこだろうと飛んで行ってほぼほぼ全てのライヴに参加して粋なプレゼントを贈るような人達の事だ。


俺は単にCDやDVDを揃え、行けるタイミングでライヴにお邪魔させて頂いているに過ぎない。


たまたま9年前からconsado(の前名含む)を知っていて応援させて頂いている、ただそれだけのことだ。


9年間応援し続けることは俺にとっては長いことではない。何故なら俺は40年以上応援しているアーティスト/バンドが山ほどいるからだ。 consadoはその中の約1/4 。


consadoのTシャツの下には


彼のTシャツを着ていた。6年前の同じ場所では彼の盟友レミーのTシャツだった。
オジーがこんなにも早くここを旅立つなんて想像もしていなかったので、俺の一部分はもぎ取られ、心は木っ端微塵に打ち砕かれた。キャリア最後のライヴを終えてから僅か17日後のことだっただけに…
俺にとっては、オジーは俺が生きている証のような存在だった。オジーのいない世界なんて考えられないし、オジーのいない世界で生きていける自信もない。

加えて、職場で些細なトラブルがあって一時業務制限をかけられた。直属の上司からではなく、別部署の上司からだ。理由をきちんと俺に伝える事はなかった。俺は何も言う機会を与えられずにいた。オジーのこと、この職場のことが入り交じっていた俺は心ここに在らずな日々を送っていた中、1週間で2度チャリで転んだ。大したことはなかったのだが、最初に転んだ時、チャリに挟まった左足首の一部がごくごく軽く壊死してしまい変色したまま。病院に行く金もなくそのまま放っておいている。


そんなこの数ヶ月間俺が恋しかったのはconsadoだった。consadoのライヴを観れば気持ちが浄化されると信じていたから。勿論、他のアーティストさん達のライヴや音楽からも励ましや癒し、力を頂ける。

「consadoはどんな存在ですか?」

昨日のライヴでそう投げ掛けられた。俺にとってconsadoは…

家。心が落ち着く家。

いつも温かく「調子はどう?」と迎えてくれるお2人は歳下だが母親のようなもの。俺よりも遥かに大人だ。

俺が関東での生活を始めたばかりの頃、「何かあったら…consadoもいるからね。」  と仰ってくださった時、どれだけ心強かったことか。  

だから時間を重ねる中でconsadoは家だな、と感じるようになった。

そんなお2人とは暫くの間お会いする事は出来なくなるのだが…      

ライヴ後の帰り際、「必ず、ね」と言われた俺はその後の言葉を出すことが出来なかった。お2人共通の
気持ちが伝わってきた。

お2人とも明言されていたが、これでconsadoは終わらない。新たなステージへと進んでいく。ライヴ前、俺は「consado、どうなるのかな…」と考えていたが杞憂に終わって安心した。


「必ず」にとても力が籠っていたから…どんなに世知辛いこの世界で俺は生き延びる。

consadoとの約束を守る為に。

何が起こるかわからない、が何も起こらないのであれば生き続ける。正直職場のことやオジーを喪った喪失感から「俺の人生、そろそろいいかな…」と考えるようになっていた。このまま孤独に人生終わろうか、と。

でも、「必ず」と約束したのだから守らなければならない。

生きる、生きて帰る、と。

俺にとってはconsadoは帰るべき家だから。

次にいつ家に帰ることが出来るかはわからない。だが絶対に帰る日が来ると信じて生きて待つ。俺にはそれくらいしか出来ない。

俺とconsadoのお2人とで重ねてきた9年間はダテじゃない。お2人はどう感じていらっしゃるかはわからないが、ちょっとやそっとのことでお2人との絆は断ち切れない、と俺は信じている。

優未さん、レイナさん。
9年間、俺みたいなポンコツファンを傍において下さってありがとうございます。
沢山の素敵な曲を、楽しくそして感動的な沢山のライヴを観せて頂き本当にありがとうございます。


俺は絶対にconsadoから離れることはありません…
たとえ、俺1人になっても。


俺はいつまでも待っています。

お身体には充分お気を付けて、元気な赤ちゃんを産んで下さい。

絶対賑やかで明るい家庭になります。

また、必ず…お会いしましょう。



「時は変わる
    時は不思議なものだね
    これまでの俺は良かったかもしれないし、良くな      かったのかもしれない
    長い間ずっと
    酷く痛いんだ
    何度となくあなたの顔を見たけれど
    毎日 離れ離れになっていたね
    そこが陽のあたる場所かどうかなんて気にしない      よ
    だって…ママ、ママのもとに俺は帰るんだから
     帰るよ 
     帰るからね」
   Mama, I’m Coming Home/Ozzy Osbourne      
   意訳:藤原英佳