誰しも一度は経験したことがあると思うが。
何かについて悩み、その一つに執着して考え込んでいるとその結果行き着く先は「死」だったりする。
まあそりゃそうなんですよ。
悩みとは要はネガティブな要素なわけだし、その最たる物はやっぱり死ぬ事なんだと思う。
嫌な事ばっかり考えていると、死ねば楽じゃん!に行き着いてしまう。
一時期自分は常にこの思考に捕われていた。実際に自死を選んだ人や未遂までした人からすれば他愛無いと思われる度合いだったとしても、自分なりに本気で死を考えたことがある。
そこで自分が思考の末にたどり着いたのは、恐怖と希望だった。
人は生きているうちに死後を想像することはできても、知ることはできない。知能を持った人間が共通して恐怖を抱く一つの対象は『知らない』ということだと考えている。
もちろん、逆の『知っているからこそ怖い』というのもまた然りだとは思うけど、そこまで触れると長くなるし矛盾を解くほど言葉に詳しいわけじゃないから伏せとく。
俗にいう怪談、幽霊、怪奇現象。これらも、一般の人には正体を知り得ることはできない。だから怖いのだと考えている。
逆に10mの高さからの飛び込みは、一回飛び込んじゃえばなんてことなかったりする。もちろん高所恐怖症の人や、その一度の飛び込みによって怪我等をした人は除くが。
「死」に関しても、自分は上記のような感想を持った。
何も知らない。死後の世界。いや、元々そんなものあるのか。何もない「無」が待っているのか。それすら知らない。
少なくとも死を覚悟する人は皆、今生きているこの世界より死後のほうがマシだと考えているから死を選ぶのだと思うが。体験談も聞けないようなところに親からもらった命捨ててまで行かなきゃいけないのか…と思ったとき、自分は恐怖を抱くと同時に、こんなこと一人で考えている自分がひどくバカらしく感じた。
いつか命は尽きる。これは自然の摂理であって、すくなくとも今の人間の知識や技術ではこの摂理を変えることはできないと思う。
要は自分も、あなたも、現存している人間はいつか死ぬ。
それを早めるも、なんとかして延ばすも個々の自由だ。それを咎める気はないし、権利もない。
けど死んで欲しくない人はいっぱいいるし、自分に対してそう思ってくれているであろう人もいる。
今いない人だって、いつか出会うかもしれない。
きっと自分は、自死を選んだ人が感じていた絶望を味わった事はないのであろう。だから今も生きている。
自分は根が楽観的な人間だからこう考えるのだと思うが。
少なくともこの世に生きている人の中には幸せを体いっぱいに浴びて過ごしている人がいる。そんな人がいるってことが、自分もいつかそうなれる可能性があるということになるんじゃないかと。
とことん金がない。今ポケットに300円しか入っていない。一か八か!宝くじに注いでやる!!やったぁ!一億当たった!!!!
この可能性がないなんて誰が言い切れる。
過去が絶望するものだとしても、未来もそうだとは限らない。
今日辛くても、明日も辛いとは限らない。
自分が学んだ生きるのに必要なもの。
常に可能性を追求すること。
ポジティブにもネガティブにも、自分の行動の末を極力広い分岐で想像すること。
そして全部ひっくるめて、思考を止めない事。
