昼下がりの五泉市。仕事でも用事でもない、ただの腹ごしらえの時間。気がつけば、俺の足はひとつの古びた中華屋の前で止まっていた。



「北京食堂」――看板はくすみ、入り口の食品サンプルはもう“食”という概念からだいぶ遠ざかっている。カツ丼は苔むしたような色合いだし、ラーメンはスープが固形化してる。これは……大丈夫なのか?

でも、なぜだろう。引き返そうとする気持ちを、別の何かが引き止めた。


引き戸を開けると、いきなり生活感。換気扇の音、調味料の匂い、油の染み込んだ空気。店内には客が一人もいない。厨房には無言の店主、いわゆる“オヤジ”が一人。



この感じ、嫌いじゃない。というより……好きだ。



席に着き、声をかける。「チャーシュー麺ください」

オヤジは目も合わさず、小さくうなずくだけ。まるで長年連れ添った夫婦のような静けさ。


待つこと数分。湯気を立てたラーメンが俺の前に置かれる。



丼いっぱいに敷き詰められたチャーシュー。その下に控えめな麺。

スープをひと口……うん、うまい。うますぎる。でもこれ、完全に化学調味料の力技だ。舌にビリッとくる、あの魔力。ナチュラルではない。でも、正直……俺は好きだ。


麺は縮れていて、スープをよく絡めてくる。チャーシューは分厚くて柔らかい。ホロッとしてるのに噛み応えがある。値段を思い出す。650円。うそだろ?この満足感で650円?


誰に見られることも、気を遣うこともない。

ただ、ひとり。黙って、麺をすする。肉を噛む。スープを飲み干す。

気がつけば、どんぶりは空っぽ。俺の心も、なんだかちょっとだけ軽くなっていた。


「ごちそうさまでした」

声をかけても、オヤジはやっぱり無言のまま。だがその背中は、どこか誇らしげだった。


外に出ると、五泉の空が少しだけ青く見えた。

そうか、ラーメン一杯でこんな気持ちになるなんてな。


まったく、やられたよ。

今日も、静かにうまいものに出会ってしまった。