ニーコです。
いつもブログを読んでくれてありがとう![]()
私は、小さい頃から
母のことをかわいそう、と思っていました。
機嫌が悪くなった父に怒鳴られ、作ったご飯の文句を言われたり、いきなり食卓をひっくり返されたり。
「目上の人を立てること」という宗教の教えから
父には自分の気持ちを出さずにいました。
母は、父の機嫌を損ねないように
色々と先回りして私にお世話をしてくれました。
怪我をしないように、スポーツさせないとか
あれこれ父に気を遣ってたと思います。
そんな母を見て育ったので
私が母を助けなきゃ、母を悲しませないようにしなきゃ
という思いを持つようになります。
でもね、本当に助けて欲しかったのは
私自身でした。
麻痺させて我慢出来てましたが
父が怒鳴り威張り散らす空間に
身を置き続けるのは耐えられないものでした。
父の顔色を見て、私の気持ちは大事にしてくれない。
ずっとこの環境で放置していた母への怒りがわいてきました。
母はかわいそう、助けようとしてる時は
母への怒りもなかなか分かりませんでした。
そして母に対して思うこと、これってそのまま
現在、自分が自分に対してやってること
本当は求めてることになります。
主語を、私、に変えてみてください。
母は父の顔色を見て、私の気持ちを大事にしてくれない。
→私は人の顔色を見て、私の気持ちを大事にしない
すると
人の顔色を見ないで、自分の気持ちを大事にしてね!
という心の声が分かります![]()
誰かをかわいそう、助けてあげたい
と思ってるときは、ぜひ一度疑ってみて下さいね![]()






