日本海に出演さえていただいてます梶川です。
キャスト紹介番外編も終わりましての特別企画です。
頭を下げれば大丈夫でおなじみのインタビュアーの高橋良明さんに稽古場にお越しいただき逆インタビューをおこないました!!
完全に飲んでいる時の思い付きでしたが、実現するとは。
頭を下げれば大丈夫、なるほどその通りでした。
話題を作って注目されたいとかの下心もありながら(笑)、関西を中心に多くの演劇人を網羅しているホームページ。
例えばある作品や劇団が気になっている時に、頭を下げれば大丈夫をみれば、どんな人がどんな思いで創作をしているのかがわかります。
これって実はすごいことだと思うんです。
小屋入り直前であったり、動画がうまく撮影できなかったなどいろいろなことがあって掲載が遅れましたが、本番二日目のこのタイミングですが。
事前に用意した質問に答えていただきました。
聞くという行為から生み出される創造性に感じ入る限りです。
【1.最近どうですか?】
先日、父を亡くしました。
今年の1月くらいから調子が悪そうだったのですが放っておいたようで、早く病院に行くように言っておいたのに、発覚したのは6月でした。
半年も経たずに肺がんで死にました。
亡くなるその2日前は大分弱っていたのですが、
そんな父の姿を見ても自分は動じていませんでした。
むしろ、病院に向かう電車に乗っている時間がしんどかったです。
実感が無かったという訳ではもちろんなく、
実は人間って、選びようのない結果が現実に出てきたら、
見たままを受け容れてしまうものなんじゃないか。
樹海で死体に出会う時、取り乱す人などいるでしょうか。
5日前までは普通に立って喋っていたそうです。
偶然、大体同じ日に胆石の手術をした母もあまり泣きはせず、普通に笑ったり、
忙しくしていました。
私はというと父の体から無くなっていく熱を調べながら数日を過ごし、
その間も本当に本当に不謹慎なギャグばかり思いついたり、
死体を収めた棺にどんな落書きをしたら一番不謹慎か考えたり、
焼かれて粉々になった父の体を見て「究極のダイエット」と妹と母に耳打ちして
笑っていました。
母も妹もケラケラ笑っていました。兄は泣いていました。
父の死よりも、父の存在を信じているのです。
あとは、最近4キロ痩せた事、
ゴボウとサラミの炊き込みご飯、
カオマンガイ、だし巻き卵、を作った事、
スーツの職場になった事、
部屋干し環境を一新しようとしている事。
【2.頭を下げれば大丈夫をどういった経緯でどんな目的で始めたのか?】
劇団衛星に入団時、団員としてコーナーを持つ事になり、
最初は何か料理のレシピを作って載せていたのですが、
人を呼んでそれを食べてもらいながら芝居の話をする、みたいなのが思い浮かびました。
それが閃いた瞬間、多分これが自分の仕事なんだろうなと思ったのです。
今も続けている理由は、また別です。
「頭を下げれば大丈夫」では、
あえてインタビュィーのプロフィールを掲載していません。
情報って、ソースを探し求めたうえで自分で切り口を作らないと
ほとんど価値を持たないんじゃないかと思っています。字のごとく。
情報を知見に昇華する、それこそが楽しい事だと思うんです。
視覚の快感はそこに原理があって、
現地に行ってみないと分からない事なんて沢山ありますよね。
「頭を下げれば大丈夫」では、
劇場から帰ってきて、さっきまで舞台にいた人の
人となりを感じてもらえたら、そういう目的で続けています。
というか、今も一日一個の理由が思いつくぐらい
多くの理由に支えられて続けています。
【3.インタビュー活動で楽しかったことは?】
毎回、取材させて頂いた方にプレゼントをお贈りしているのですが、
そのプレゼントの選定に成功した時です。
桐山泰典さんへのプレゼントはまさにそれでした。
写真も私が毎回撮影させて頂いているのですが、
100回に1回くらい、ストーリー性のあるギャラリーを作れた時。
片山誠子さん、奥村泰彦さん、億さん・米田さんのインタビューはそれですね。
動画で言ったら2013キックベースシリーズです。
それから、稀にですが、取材したこちらが元気になってしまうような、
そんな力を持つ人に出会う事。
【4.インタビュー活動で苦労した、困ったことは?】
実は、はっきり言って、特にありません。
少し疲れるぐらいです。
【5.その苦労をどう乗り越えたか?】
苦労はないのですが、孤独感自体はあります。
孤独には強いつもりですが、
自分の辿ってきた道の輪郭がはっきり分からなくなる時があります。
そういう時は、あるブログのある記事を読む事にしています。
内容はもう本当にひどいのですが、あの記事を読むたび、
自分がこの8年やってきた事はロックンロールで、
現実とそれなりにでも向き合っては
なんとか折り合って、攻めて来られたんじゃないかと思えるのです。
【6.これからどう攻めていきたいか?】
2014年は「11 静粛記」というシリーズで続けてきました。
来年2015年は「トパーズ」というシリーズが始まります。
これまで「頭を下げれば大丈夫」では、
演劇における“才能”なるものを完全否定してきました。
才能で出来ている芸術はこの世にないし、
頑張ってきた人の技芸に「才能」という言葉を介在させるのは
彼の努力に対する一種の裏切りだと思えてしまうからです。
でも、与えられたものというものはどうしようもなくあるもので、
「向き不向き」とか「器」とか「愛嬌」とか「セクシー」とか、
自分ではどうしようもなく選べない、備わってしまったもの、
備わっていないものに、
それなりにでも向き合っていこうと思っています。
あとは、やってみたい形態の取材がいくつかあります。
大阪御堂筋線の梅田駅からなかもず駅までの車中で実施とか、
昔のように自分の部屋に人を呼んで手料理を振る舞いながらとか、
13期は今までお世話になったインタビュィーの方々を呼んだBBQだとか。
それから、観客へのインタビューももっとやりたいです。
システムとしては、記事のタグマスタの充実、
トップページのレイアウト変更(記事の直接表示など)、
他情報サイト・SNSとの連携もやりたいですね。
先日、父を亡くしました。
今年の1月くらいから調子が悪そうだったのですが放っておいたようで、早く病院に行くように言っておいたのに、発覚したのは6月でした。
半年も経たずに肺がんで死にました。
亡くなるその2日前は大分弱っていたのですが、
そんな父の姿を見ても自分は動じていませんでした。
むしろ、病院に向かう電車に乗っている時間がしんどかったです。
実感が無かったという訳ではもちろんなく、
実は人間って、選びようのない結果が現実に出てきたら、
見たままを受け容れてしまうものなんじゃないか。
樹海で死体に出会う時、取り乱す人などいるでしょうか。
5日前までは普通に立って喋っていたそうです。
偶然、大体同じ日に胆石の手術をした母もあまり泣きはせず、普通に笑ったり、
忙しくしていました。
私はというと父の体から無くなっていく熱を調べながら数日を過ごし、
その間も本当に本当に不謹慎なギャグばかり思いついたり、
死体を収めた棺にどんな落書きをしたら一番不謹慎か考えたり、
焼かれて粉々になった父の体を見て「究極のダイエット」と妹と母に耳打ちして
笑っていました。
母も妹もケラケラ笑っていました。兄は泣いていました。
父の死よりも、父の存在を信じているのです。
あとは、最近4キロ痩せた事、
ゴボウとサラミの炊き込みご飯、
カオマンガイ、だし巻き卵、を作った事、
スーツの職場になった事、
部屋干し環境を一新しようとしている事。
【2.頭を下げれば大丈夫をどういった経緯でどんな目的で始めたのか?】
劇団衛星に入団時、団員としてコーナーを持つ事になり、
最初は何か料理のレシピを作って載せていたのですが、
人を呼んでそれを食べてもらいながら芝居の話をする、みたいなのが思い浮かびました。
それが閃いた瞬間、多分これが自分の仕事なんだろうなと思ったのです。
今も続けている理由は、また別です。
「頭を下げれば大丈夫」では、
あえてインタビュィーのプロフィールを掲載していません。
情報って、ソースを探し求めたうえで自分で切り口を作らないと
ほとんど価値を持たないんじゃないかと思っています。字のごとく。
情報を知見に昇華する、それこそが楽しい事だと思うんです。
視覚の快感はそこに原理があって、
現地に行ってみないと分からない事なんて沢山ありますよね。
「頭を下げれば大丈夫」では、
劇場から帰ってきて、さっきまで舞台にいた人の
人となりを感じてもらえたら、そういう目的で続けています。
というか、今も一日一個の理由が思いつくぐらい
多くの理由に支えられて続けています。
【3.インタビュー活動で楽しかったことは?】
毎回、取材させて頂いた方にプレゼントをお贈りしているのですが、
そのプレゼントの選定に成功した時です。
桐山泰典さんへのプレゼントはまさにそれでした。
写真も私が毎回撮影させて頂いているのですが、
100回に1回くらい、ストーリー性のあるギャラリーを作れた時。
片山誠子さん、奥村泰彦さん、億さん・米田さんのインタビューはそれですね。
動画で言ったら2013キックベースシリーズです。
それから、稀にですが、取材したこちらが元気になってしまうような、
そんな力を持つ人に出会う事。
【4.インタビュー活動で苦労した、困ったことは?】
実は、はっきり言って、特にありません。
少し疲れるぐらいです。
【5.その苦労をどう乗り越えたか?】
苦労はないのですが、孤独感自体はあります。
孤独には強いつもりですが、
自分の辿ってきた道の輪郭がはっきり分からなくなる時があります。
そういう時は、あるブログのある記事を読む事にしています。
内容はもう本当にひどいのですが、あの記事を読むたび、
自分がこの8年やってきた事はロックンロールで、
現実とそれなりにでも向き合っては
なんとか折り合って、攻めて来られたんじゃないかと思えるのです。
【6.これからどう攻めていきたいか?】
2014年は「11 静粛記」というシリーズで続けてきました。
来年2015年は「トパーズ」というシリーズが始まります。
これまで「頭を下げれば大丈夫」では、
演劇における“才能”なるものを完全否定してきました。
才能で出来ている芸術はこの世にないし、
頑張ってきた人の技芸に「才能」という言葉を介在させるのは
彼の努力に対する一種の裏切りだと思えてしまうからです。
でも、与えられたものというものはどうしようもなくあるもので、
「向き不向き」とか「器」とか「愛嬌」とか「セクシー」とか、
自分ではどうしようもなく選べない、備わってしまったもの、
備わっていないものに、
それなりにでも向き合っていこうと思っています。
あとは、やってみたい形態の取材がいくつかあります。
大阪御堂筋線の梅田駅からなかもず駅までの車中で実施とか、
昔のように自分の部屋に人を呼んで手料理を振る舞いながらとか、
13期は今までお世話になったインタビュィーの方々を呼んだBBQだとか。
それから、観客へのインタビューももっとやりたいです。
システムとしては、記事のタグマスタの充実、
トップページのレイアウト変更(記事の直接表示など)、
他情報サイト・SNSとの連携もやりたいですね。
【7.プレゼント】
お酒を飲んで盛り上がった共演者の小中チョイスで高橋さんへプレゼントをしました。
コーヒーです。
喜んでいただけたようです。
そんな高橋さんのホームページ「頭を下げれば大丈夫」は以下です。
稽古を見学してもらったわけですが、想像するに思われるところがたくさんあられたような。
「日本海 第一波「カゾクノカタマリ」、
父を無くして一月立ってない自分にとっては大きな作品です。とても楽しみにしております。頑張って下さいませ。」
というコメントもいただきました。
ありがとうございます!
すでに幕開けしております。
みなさまと会場でお会いできるのを楽しみにしております。