この物語は、私が教科書を作っていた時代に、読み物として書いたものです。今作っている教材に載せようと思い、引っ張り出しました。
『老人と朱鷺』
朱鷺は、学名がNIPPONIA NIPPON―ニッポニア・ニッポン―「日本」という名前を持った鳥です。
顔と足が暗い赤で、くちばしが長くて曲がっています。その姿は、個性的で魅力的ですが、ほかの鳥と比べて、決して美しいとは言えないかもしれません。
朱鷺は、今では数が非常に少なくなり、日本では、人工的に育てられている朱鷺だけが保護センターに生きています。日本で生まれた野生の最後の1羽は、10年ほど前に死んでしまいました。
20世紀の初めには、日本には多くの朱鷺がいました。この話は、そのころの出来事です。
ある村に、一人の老人が住んでいました。
老人は、1羽の朱鷺の子供を飼っていました。この小鳥は、けがをして沼で動けなくなっていたところを、老人が拾ってけがを治し、育てていたのです。
老人は一人暮らしでしたから、この小鳥を自分の子供のようにかわいがっていました。
でも老人は、このままいっしょにいつまでも暮らすことができないのを知っていました。
鳥は、飛ばなければならないのです。人間とは住む場所が違います。
鳥の子供は、親鳥が飛ぶのを見ながら練習して、飛ぶことを覚えます。高い木の上から何度もジャンプを繰り返して、やがて飛べるようになるのです。
老人の小鳥は親鳥がいませんから、老人が、親に代わって飛ぶことを覚えさせなければなりませんでした。老人は、小鳥を高い木に登らせて、枝から飛び降りさせたり、下り坂を走らせたりして、飛ぶ練習をさせました。
老人は体が衰えているのに、小鳥といっしょに木に登ったり坂を走ったりしたので、ひどく疲れるようになりました。一方で、小鳥は飛べるようになっていきました。
小鳥が成長して朱鷺になり、空に近くなればなるほど、老人は地面に倒れることが多くなっていったのでした。
そして、ついにその朱鷺が空高く飛べた日に、老人は倒れて動けなくなってしまいました。老人は朱鷺が飛ぶのを見たかったのですが、村の人たちに病院に運ばれて、そのまま入院してしまったのです。朱鷺と会えなくなった老人は、だんだん元気がなくなっていきました。医者は、「もう気力がない。死ぬかもしれない」と、村の人に言いました。
老人が話すこともできなくなって2週間経ったある満月の夜、村の人たちは、2羽の朱鷺が並んで病院から空へ向かって飛んでいくのを見ました。
老人が寝ていたベッドにはだれもいなくて、鳥の羽根が1枚、ふわりと残っていたそうです。
この話、ちょっとかっこよくないですか?

