僕はバイクを乗り捨て、碁盤の目となっている京都のまちをひたすら走っていた。雪が降っていた。喉の奥がすり切れるほど、空気は冷たく乾燥していた。

彼女とであったのはいわゆる「デリヘル」だった。会ってすぐ意気投合。俺だけがそう思ってたのではない。。と思う。3回呼んでから、彼女はその仕事を辞め、携帯鳴らして互いの家を行き来するようになっていた。

破天荒な女だった。ある日はたらふくワインを飲んで、空版を壁に叩きつけ、そこらじゅうにガラス片が散乱した。キラキラ光る危険物に囲まれながら、彼女はけらけら笑っていた。

そして、彼女は深い闇を抱えていた。
。。。闇?
闇なのかな?思い出すこと。

祖父の葬式で遺体を見て、濡れてしまった。
初めての相手が兄。犯された。でも大好き。
めっちゃドラムが上手。

はたから見ると、かなり重い過去と、そこからきているであろう、いびつな感性をしているように感じるのだが

しかし、彼女は深く深く、そして軽く軽い人だった。すべてを飲み込み、すべてを吸い込み、そして軽くふわふわ浮いているような人間だった。こんな感じの人います?たぶん、あまりいない。

ぼくは本当にとりこになってた。

その彼女から「睡眠薬めっちゃ飲んじゃったー」と電話があったのが、たしか2005年の冬。5万円で買ったオンボロバイクを走らせたものの、あまりの寒さにエンストし、夜の京都の町を疾走することになったのだ。

彼女のアパートに着いたとき、電話で呼んでいた救急車がすでに到着していた。部屋からタンカで運び出される彼女。呆然とする僕は、極寒の街路路に取り残された。

数日後、お見舞いに行った僕に、彼女はベッドの上で寝返りをしながら一言。「なんてことしてくれたの」
どうやら、いろいろともめている母親が、病院に担ぎ込まれたことで田舎からやってきて、うるさいことを言われているらしい。感謝の一言もない彼女が愛らしいやら憎らしいやら、とてもめんどくさい感情にかられた。
(ちなみに、僕からみたら、まさに「一卵性母娘」だった。彼女は母親からの呪縛に苦しんでいた)

彼女との別れは私の過ちだった。妊娠させた。産む決断はできなかった。彼女を「心から愛している」という男に呼び出され罵倒された。「俺の子供として育てるから、あんたは出てってくれ!」彼女はそのそばでさめざめと泣いている。なにも言い返すことができず、近くの銭湯で頭から冷水につかりずーっと浮いていた。

こうかくと、もうそれ以降会ってないような感じだが、社会人になってから一度だけ再会した。彼女はカラオケではだしになり、椅子のうえでぴょんぴょん跳ねながら、Coccoを熱唱した。

別れは駅前だった。「あなたのせいで、人を愛することができなくなったんだからね」。たまにでる、人の内面を突き刺すような視線。そして、今度こそ、再会することはなかった。