にゃー様
「テケテンツクテンテンテン…」
ちうたま
「爺様いかがなされた?
今日は確かに暖かかったが、
春の陽気にはちと早くはないかの。」
にゃー様
「馬鹿言ってんじゃない。
これは出囃子の口まねだぜ
」ちうたま
「ほう、
爺様落語でも始めなさるか?」
にゃー様
「バカ言え、
流石の俺様でもそこまで図々しかねぇや。
だが聞くのは好きだぜ、俺様も。
八年位前、落語のドラマを放送していて、
その時あの阿呆メガネが俄にハマってCDだの散々聞かされたが、
意外に面白かったぜ。」
ちうたま
「どうせまんじゅうがこわいとか体内にいる蕎麦の好きな虫の話とかじゃろ?
わらわ、ジョシにふさわしい、
なんか、こうロマンスの花咲くような話がいい
」にゃー様
「あるぜ。そういう噺。」
ちうたま
「本当かの
?」にゃー様
「昔、神田の紺屋町・吉兵衛の店に久蔵と言う職人がいたんだ。
ある時その久蔵が恋煩いで寝込んじまった。
真面目一辺倒の久蔵が惚れた相手というのが何と、
今をときめく、吉原は三浦屋の高尾太夫だと言うじゃないか。
兄弟子に連れて行かれた吉原の花見で出くわした花魁道中で一目惚れしたらしい。
親方はこのクソ真面目な男に諦めろと言っても、
話はこじれるばかりだろうと一計を案じ、
久蔵にこう言ったんだ。
『なに、どこぞのお姫様に惚れた訳じゃあるまいし、
花魁ならば売り物に買い物、会いに行くのに望みがねえ訳じゃねえ。
三年働いて十両貯めて高尾太夫に会いに行け!』
久蔵は急に光明が見えた心持ちになって、
それから三年身を粉にして働いた。
吉兵衛は久蔵がそのうち諦めるだろうと思っていたのだが、
それでも久蔵は高尾を忘れてはいなかったのさ。」
ちうたま
「ふふ、諦めの悪い奴じゃ
」にゃー様
「いいじゃねえか。
ちゃちゃ入れんじゃねえよ!
で…
遂にその日がやってきて、
吉兵衛の計らいで知り合いの遊び上手の医者に頼んで、
いろいろお膳立てして貰った久蔵は、
金持ちの若旦那を装い、何とか高尾と会う事が出来たのさ。」
ちうたま
「意外に簡単に会えたのじゃの。」
にゃー様
「実はそれが偶然が重なったのさ。
吉兵衛が頼んだ医者が実は上得意様で信用があったし、
何よりその日の高尾の客に急用が出来、
高尾の予定が急に空いちまったんだ。
高尾も毎日大名ばかり相手にしていたから、
たまには普通のお金持ちの若旦那のお相手がしてみたいと言ったそうなんだ。
本来なら優先予約でもなかなか取れねえプラチナチケットだぜ。
高尾の部屋へ通された久蔵は部屋の豪華絢爛さに呆然。
太夫と言えば才色兼備、美しいだけでなく芸事に秀で文才もあり頭の回転もよく、
とにかく何でも出来る、
吉原遊女三千人の中でほんの一握りのものだけがそう呼ばれる。
ましてや高尾の名は代々優秀な花魁だけが襲名出来た名なんだ。
三浦屋には他にも超ねこバカ花魁の薄雲太夫がいたそうだが、
ま、今日の話にゃちと関係ねえから割愛な。
吉原の遊びの決まり事はややこしくて、
初回は会ってもそう親しくは出来ねえ。
しかし一通りの挨拶くらいはしてくれるさ。
高尾は久蔵に煙草を一服つけてくれ、
よく来てくれたと礼を言った。
そして『今度はいつ来てくんなます?』と尋ねたんだ。
『三年後…次はまた三年後になります。』
久蔵は急に押し黙り、遂には泣き出しちまった。
『他のお客様はみな明日明後日とお答えになりんす。だのに主様は何故三年…?』
高尾はびっくりして理由を尋ねた。
久蔵はもう嘘をついていられず、本当の事をバラしちまったんだ。」
ちうたま
「わあ、怒られるぞよ~
」にゃー様
「ところがだ。
高尾は本当に聡明な女だった。
久蔵の指先を見た時から、
奴が染め物職人である事にとうに気づいていたのさ。
ここでは遊びの上の嘘など日常茶飯事だから、
そんな事を責めるような野暮な女じゃない。
高尾が驚いたのは、
久蔵の三年もの我慢と情の深さと嘘を突き通せない誠実さだったんだ。
高尾は考えた。
源平藤橘、四姓の人に枕を交わす卑しい身を、
三年も思い詰めて貰える事などそうはない。
このような人と連れ添えば、例え病に伏しても見捨てられる事などあるまい。」
ちうたま
「…そうよのう…。
それほどまでに情の深い相手なら、
何があっても大事にしてくれそうじゃ。」
にゃー様
「金持ちに身請けされても幸せは保証されていない。
大名に囲われても後ろ指を指されたり、窮屈な思いもしよう。
大店の若旦那に嫁いでも舅姑達の目が厳しいだろうな。
妾の身なら飽きられれば捨てられる。
松の位の太夫の地位にあっても、分をわきまえた人物だったんだ。
きっと何が自分にとって真の幸せなのか、わかっていたんだろうな。」
ちうたま
「なるほど。
しかも聞けば親方や知人の医者が皆、
ここまで来る手助けをしてくれたと言う。
皆がそうして力を貸したくなるような人物なら、
悪人でないのは確かじゃ。」
にゃー様
「高尾は言ったのさ。
『主様、それは本当ざますか?
廓に来るお客におまはんのような実のある人はありんせん。
主様が三年堪えなくとも、
わちきは来年三月十五日になれば年季が明けるのざます。
その時が来たら、わちきでよければ主様の女房にしてくんなますか?』
高尾の申し出に、久蔵は腰が抜けんばかりに驚いた。
久蔵は泣きながらありがてえありがてえと礼を言ったさ。
高尾は久蔵の支払った十両を返してくれたばかりか、
これを自分だと思って持っていて欲しいと香箱の蓋を渡し、
自分は蓋のない香箱を大事に持って、久蔵に言ったのさ。
『約束したからにはもう主様はここへ来てはなりんせん。
年季が明けたらわちきが主様のもとへ参りんす。
今宵の支払いはわちきが。この十両はどうぞ持ってお帰り…』
久蔵は夢心地で染物屋に戻ると、
親方の吉兵衛にこの顛末を話したが、
吉兵衛は花魁の手練手管に騙されたと取り合ってくれない。
しかし久蔵は高尾の言葉を信じて、
また一生懸命働きながらその日を待ったんだ。」
ちうたま
「おお…
どきどきするのう…
」にゃー様
「やがて翌年の三月十五日。
紺屋町の吉兵衛の店先に、小綺麗な駕篭が止まった。
なんだなんだと人が集まる中、たれを上げて中から出てきたのが、
こざっぱりとしたおかみさん風にはしているが、
すっかり元服した高尾太夫だ。
それがしとやかに挨拶をしたから、
親方はびっくり仰天。
慌てて久蔵を呼ぶ始末。
呼ばれた久蔵は土間までとんできて、
その光景を見るやへなへなと力が抜けちまったんだ。
『花魁…本当に?
本当に?』
にっこりと微笑む高尾。
親方は笑い泣きしながら二人の仲人をかって出た。
やがて二人は親方の厚意で店を持ち、
店は“かめのぞき”という淡い浅黄の色の早染めで人気が出た。
しかもあの高尾が一緒に染めているっていうんで、
皆、高尾見たさに反物や手ぬぐいを持って行ったんだ。
しまいにゃ染めるもんが尽きて、
てめえんとこの黒猫まで持って行こうとする始末さ。」
ちうたま
「あきれた!
黒猫ではもう染めようがないではないか!?」
にゃー様
「なあに、色あげしてもらうんだとよ(爆)

これが“紺屋高尾”さ。
俺達猫も誠実な世話係を捕まえるこったな
」ちうたま
「爺様…
もうあのメガネかけたのしか居ないぞよ…
」にゃー様
「ま…まあ、
“残り物には福がある”ってな!
な!?」


