
BMW320iレーシング
1975年~76年、
「グループ5(シルエット・フォーミュラ)」カテゴリーで、絶対的な王者だったポルシェ935に
BMW3.5CSLやBMW3.5CSLターボで挑んだBMWでしたが、
いい所まで行ったものの
あとわずかでポルシェ935に届かず
惜しくもタイトルを逃しました。
そこで
BMWは
新しくBMW320iにF2のエンジンを搭載し、
新しく設計したエアロパーツで空力を徹底的に煮詰め
車重1030KgだったBMW3.5CSLと比較すると
車重が735Kgと
圧倒的に軽い車重を達成し
1977年、1978年と、
ポルシェ935と激闘を繰り広げたライバルマシンでした。
戦績は
数回勝利し、いい所までいきましたが
やはり進化したポルシェ935/77、ポルシェ935/78モビーディックに及ばなかったマシンでしたが
BMWのモータースポーツ史の中でも
BMW3.5CSLとともに
素晴らしい戦績を残したマシンとして
今も語り継がれています。
……
BMW320レーシングは
スーパーカーブームの頃
スーパーカーマンガ
「サーキットの狼」にも登場!
ル・マン・イン・ジャパン 日本レースで
レギュラーキャラクター
飛鳥ミノル、早瀬左近に次ぐ3位入賞!
スポンサー谷田部氏のバックアップを受けて
ヨーロッパのF2レースへと参戦しました!
ランチア・ストラトス ターボでル・マン・イン・ジャパンに参戦するも……

飛鳥ミノル、早瀬左近、椿健太郎との激闘の末、最終コーナーでコースアウト!
スポンサー谷田部氏から支援を受けられる最後のレースで完走できず、大破炎上してしまいます!
衝撃的な結末でした。
一方、主人公の風吹裕矢が乗るまで「ストラトス使い」として必ずランチア・ストラトスに乗っていた
「北海の龍」こと原田和夫は
ル・マン・イン・ジャパン日本レースでは
トヨタ セリカLBターボに乗り換えていました!
1977年にただ1度、ポルシェ935を破り優勝した事がある名車です!
当時は、「日本車が王者ポルシェを破った!」として、話題になりました(^-^)
原田和夫は、A級ライセンス模擬レースではランチア・ストラトスで参戦、最終コーナーをトップで立ち上がろうとするもスキッドアウトしてしまい、
続く流石島レースでも、ランチア・ストラトスターボGr.4で参戦、雨の中、飛鳥ミノルのハイレベルなドライブへ無理についていこうとしてガードレールに激突、大破炎上しました。
しかし、ル・マン・イン・ジャパン日光レースでは、このセリカLBターボで8位で完走!!
この結果を見ても、
ランチア・ストラトスってのは、本当にコントロールするのがシビアなマシンだったのだなあ、と想像します。
一昨年訪れたサーキットの狼ミュージアムの社長の話によると、
一般道を普通に運転する分には問題ないが、この車でレースは相当厳しい、とおっしゃっていました。


やはり、マンガの世界ふくめ
世界でランチア・ストラトスを乗りこなせるのはただ一人、今は亡きサンドロ・ムナーリ氏ただ一人なのですね。
……脱線しましたが
BMW320レーシングに戻ります。

キットは
今やタミヤの定番シリーズとなった1/24「スポーツカーシリーズ」のNo.2としてラインナップされた
BMW320iレーシングです。
「モーターライズキット」。
キットは、古いキットらしくライトは丸々メッキで再現されているので
ライトのみライトレンズの 別売り部品を使用して移植しました。

シャーシー。FRなのでフロントにエンジンがマウントされています。4気筒エンジンが緻密に再現されていて、
フジミ模型の狂気のキット「エンスージアストシリーズ」に比べると、大変組み立て易い設計になっています(^-^)
古いキットながら、この辺はさすが王者タミヤの風格を感じます(^-^)

ファースト・ナショナル・シティ銀行のスポンサーマークも、忠実にデカールで再現されています。6輪のF1で有名だったティレル(タイレル)P34のスポンサーも、エルフ石油と このシティ銀行でした(^-^)ああ懐かしい!
ボディカラーはクレオスのスーパーホワイトを使用しました(^-^)
タミヤのボックスアートだと、クールホワイトのほうが近い色味をしているのですが、
実写の資料を見ると、牛乳のようなミルキーなホワイトの印象をうけたので、ミルキーな色合いのスーパーホワイトをチョイスしました。










