沈黙は最高の冒険だと思う。
今、私新陳代謝がおこってるんだよね多分。
いつの間にか土の中の埋めてしまっていた自分の中の大事な部分を掘り起こす事に、
必然的に導かれていくような事柄が、その順序をぴったり守って、やってきた。
もうそれは、何かに図られたかのようなタイミングで。
色々と考えていたら、
これは着々と脱皮の準備が整ってきてる…
と、その事にまさに今気がついた。
思わず書き留めたくなって、久しぶりにブログをかいてみています。
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約1年前、壁画の制作を始めて、
とにかく目の前の事に盲目になって
ただひたすら饒舌に、吐き出して吐き出して吐き出してきた。
描くこと、話す事、シェアすること。
ただ饒舌になることだけに
無心になっていたような。
まさに。
ライトな感覚に酔っていたように思う。
自分の中に詰まっている宇宙は、
本当は果てしない。
これは私に限った話ではなく、
どんな人でもそうだと思う。
感覚をインスタントに吐き出す事で、
形成されていくわかりやすい感性。
ここ最近、
私の中にあるもやもやした感覚は
一旦枯渇してしまったように感じていたけど
宇宙を巡らせていなかっただけだと感じる。
いろいろなものを見る事
誰かと話す事
もちろん大切だけど
一番大切な事は
上質な沈黙に身を委ねる事。
私は、
極めて私的な審美体験が
その人の感性を育むと思っている。
瞬間的な感覚の吐露の連続をストップさせて
一旦自分の中で熟成させる。
鍋でグツグツ煮るような。
誤解を恐れずにいうと、
感動や感覚の共感なんて、本当は喋るだけでそうやすやすとできるものではないと思っている。
熟考して、自分と対話しまくった末
それがその人の感性になり、
そこで初めて
何が伝達の媒体になるかわからないけれど、
深く人に伝わるものなんじゃないかな。
最近上質な沈黙の時間て持ってなかったな。
もっと身体中に巡らせて、感じたいな。
この形容しがたい感性を。
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