いきなり壮大なテーマになってしまいましたが書いていきたいと思います。
人が一個人として生きる上で何が必要か・・・衣食住か?いや人脈?またはお金?
今あげたものは必要かどうかといったら必要なものである、しかし今回は精神的な話をしていきたい。
自分が必要だと感じること、それは「認めること」が一例として挙げられると考えている。
普段私たちはある物事をする時に無意識に自己のものさし(考え方)で判断をして行動している。考えなしで常に行動することはまず無いといえるだろう。
ここで自分が注目するのがこの”自己のものさし”の曖昧さであり人によって形が様々であることである。
道徳的な質問に対して正しいか否かを人に尋ねる時において100%どちらかに偏ることは少ない、しかし50/50ということもない。大抵は多数派と少数派に分かれる。
ではなぜこのようになるか、それは”自己のものさし”はモラルによってある程度形が作られているからである。よって多数派少数派が生まれる。
しかしモラルもまた曖昧で不安定なものである、自分が問題視してるのはモラルが欠如してる人である。
そういう人たちは大抵他者の意見を拒絶し自分の殻に閉じこもる。殻を割ろうとする者、自己のものさしにおいて気に食わない者を容赦なく叩きにかかる。モラル、常識なんて関係ない、自分こそが正義、いわゆる自己中心的思考である。
本人は普通に生きているだけなんだろうが、周りからしたら「なんなんだこの人は?」と感じるのが普通である。
自分はとある理由で自己中心的な人の世話を任されて数ヶ月大変な経験をした、当時は精神的に大分やられたが今考えてみると思う、「認めること」は重要である。
つまり自己の考えだけでなく他者の考えを聞き入れ吟味する事が重要だという考えに至ったのである。
様々な考えを取り入れていくことが人間としての成長の促進力であり、逆に周りを認めないと必然的に自分の殻に閉じこもり他者を拒絶するしか選択肢がなくなってしまうのである。
他者の意見を認めることは難しい、自分と真逆の考えであればあるほど困難である。
しかし「認めること」を行う努力が自分の考えを深めることに繋がっていく。
私はそういった自意識を持ち日々を有意義なものにしていけるよう努力していきたい・・・。
