去年の12月7日に父方の祖母が老衰のため亡くなり、亡くなった3日後に葬儀がありました。
葬儀に参列するため、私は急いで代わりにシフトに出てくれる人を探し、ヨボも有休をとってくれたので家族三人で祖母の所へ行こうと思ってたんですが
娘が数日前から咳をしていたので(いつもの喘息症状)
結局葬儀には私一人で参列することにしました。
(葬儀場が近かったら三人で行っていたかもですが、新幹線にも乗らなきゃだし、ロマンスカーにも乗らなきゃだし、移動時間と葬儀の時間を考えると娘に負担がかかるなと思い、ヨボと娘にはお留守番してもらうことにしました。それでもギリギリまで悩んでたんですけどね💦)
葬儀場で父に会ったときに見せてもらった父の母子手帳。
父は双子なので母子手帳はもう一冊あります。(ちなみに私は日本の母子手帳は持ってなくて、韓国の母子手帳のみなんですが、今の日本の母子手帳もこんな感じなのかな?これを見たとき『韓国の母子手帳でかいな』と思った)
これは生前、祖母から直接聞いた話なんですが
祖母は妊娠中、お腹にいる子が双子だとは全く知らなかったそうです

子どもを産んではじめてお腹の子が双子だと分かったそう。
『あ、お腹にもう一人いる!』って分かったそのもう一人が私の父でした🙂
母子手帳の中をパラパラ見ていた時に
『仮死』と『蘇生処置』という単語を見つけました。
父も知らなかったみたいですが、父は仮死状態で生まれその後の蘇生処置で容態が回復したようです。
子どもを産んだらまさかの双子だったなんて今の時代ではほとんど考えられない事だと思いますが、61年前にはあったんですね。
祖母も祖父もびっくりしただろうなぁ…
てゆか子ども一人でも大変なのに、心の準備も何もなく、突然双子のお母さんになるって😨
想像を絶する😨
(うちは子ども一人ですけど、それでも新生児期は夜中ほぼ寝れず、寝不足で毎日しんどかったのにそれがもしも双子だったらと考えたら…やっぱり想像を絶する

)
ヨボと娘が葬儀に参列できなかったのは残念でしたが、去年の夏にみんなで祖母に会いに行くことができたので、それは本当に良かったなと思います。
この時も祖母はずっと寝たきりで、喋ることも目を開けることももちろん起き上がることも出来ない状態でしたが
それでも祖母が生きている間に会うことができて良かったです。
祖父が亡くなった時、私は韓国にいて葬儀に参列することができなかったんですが、それがずっと心に残っていて。
だから尚更、家族で祖母に会いに行きたかったし、葬儀にも参列したかった。
ベッドで寝たきりの祖母を見て、私はただただ涙が止まらず。
元気だった頃の祖母の記憶しかなかったので。
娘は多分この時はじめてオンマが泣いてるのを見たと思う😂
私の隣で『オンマ大丈夫?』ってずっと慰めてくれてた😂
↑全ての日程を終え、兄が駅まで送ってくれたときの写真🤳(私は普通に服で来て、葬儀場で持参した喪服に着替え、火葬場でまた服に着替えて帰りました)
甥っ子(高1)は試験期間中だったんですが、試験が終わった後に来てくれました😊
最寄り駅で父が夕飯をご馳走してくれました😊
(ところでうちは私が学生の時に両親が離婚しているので、今回父方の祖母の葬儀に母は参列しませんでした。祖父が亡くなった時は通夜も告別式もあったので母も参列したそうですが、今回の祖母の葬儀は祖父の時とは違い家族葬だったので参列するのを遠慮したみたいです。香典だけは母から受け取っていたんですが、母も本当は葬儀に参列したい気持ちがあったみたいなので、それはなんだか残念だったなと思いました。とても良くしてもらったと母も言っていたので。まだ祖母が話もできて、でも痴呆症の初期症状の出はじめくらいの時に母は祖母に会いに行っていたみたいですが。)
懐かしいから載せておこう🤗
祖父母宅にて。
父は首に何を巻いてるのか気になるところ😂
時代を感じる写真😂
でもとても好きな写真🤗
祖父母にも両親にもただただありがとうと思います。