好きだけ付き合って、お互い自分勝手に傷付けあって

失ってから気づいたってもう無理で遅すぎて

失ってから気づく一番大切だったものはなんだったか。
出会ったあの頃にはもう戻れないのに、

あの頃がどこかに落ちている気がして探して…


若い頃って本当好きだけで付き合って傷付けあって、

もう恋なんてと思ってはまた恋をして。
痛い思いしてもそこに暖かい場所があれば

また迷わず飛び込めたのに、いつからその暖かい場所に

飛び込むときにいろんな事考えるようになった?
いろんな事を見てきたからじゃない。

いろんなしがらみを知ってしまったからでもない。
心のブランケットに飛び込むのに必要なものって何だろう?


まぁタイプってのは仕方が無いのかもね。

生理的に受け付けない場合もあるから。
ただどうして人間って弱っているときに

そばにいてくれたり優しくされると気持ちがぐら付くのだろうか…
それは人は何だかんだ言っても一人では生きて行けないから。
傷付いたときには心も身体も休息をとりたい。

そんな時目の前に暖かいブランケットが

差し出せれたら飛び込むべきではないか?


“若い頃だったから好きだけで付き合えた。

”じゃあ大人になった今そこに何があるから付き合うのだろう


『好き』だけじゃ足りない?
たぶん“心のブランケット”にありつける人は

それだけで一緒にいられる人だと思う。
将来のこと、先の事を考えることはいい事だけど

遠くを見すぎていては歩けない。
目の前のものを見つつも遠くの自分が見えなきゃ

未来の自分なんて到底見えない
遠くのものばっかり見てたらいつかつまずいちゃう。
遠くのことを気にする前に目の前の問題を

どうにかしないと先には進めない。
『心のブランケット』はきっとあなたが今抱えてるものまで

きっと暖めてくれる。
人生には大切なもの。そして女には必要なもの。


人生には飛び級とかないからゆっくり地道に

自分らしくあればいいんじゃない?
そうしたらもう近くに暖かいあなたを守ってくれる

ブランケットがあるのかもしれない。

すごくエゴだけど…男も洋服を好きなように

組み合わせるみたいに顔とか性格とか

各パーツ、パーツで組み合わせたらいいのにと思う。


若い女の子は何故か一時、年上の男に惹かれると言う

何か自然の原理がある。
そのまま私は年上が合うと思う人、

それとも“違う”と感じる人、選択はそれぞれ。
ただ理想を求めたり、明らかに自分のレベルに

あってない人と一緒にいると疲れる
それは異性にしても同性にしても『背伸び』をしているから。


そんなに足の裏伸ばしても一瞬違う世界が見えても

そのままをキープするのは難しい
そしてどんなにアキレス腱を“ピン”っと張っても大人にはなれないのだ。
背伸びして付き合うような友達も彼氏も疲れない?
背伸びした恋はきっと本物じゃない。
そのときは良くてもふと我に返った時、自分が自分でなくなってしまう
本当の自分は、元の自分は一体どんなだっただろうと…
まずまず自分を見失なってしまう恋は本物の恋じゃない


でも本物の恋って何だろう?どんな恋だろう。


私が思う“本物の恋”は…お互いが理解しあえる関係だと思う。
気持ちと気持ちの繋がりって簡単に出来るものじゃないし、

簡単に手に入るものでもないと思う。

だからこそ貴重だし“本物の恋”だと思う。
お互いの弱い所も情けないところも全部分かり合える関係。


『素』でいられる関係ってなかなか作り上げられないものだよね。

どんなに長く一緒にいても、どんなに好きでも

見せられないところがあったら、

まだその間関係は完璧じゃないのかも。
全てが完璧なものなんてないけど、一緒にいる人の

前くらいは『素』でいられたらいいと思う。


どんなにヒールの高い靴を履いても、

はしごをかけても最初にその努力をしてしまったら
その人の前では常にその状態でいなければいけない。
それ以上はあってもそれ以下は無いのだ。
それだったらわたしは最初からローヒールで努力をしたい。

別にあたし自身強いわけじゃないし、

誰かにすがって泣きたい時も頼りたい時もある。
女一人は正直辛い。

やっぱり何だかんだ言って世間体って

この世の中にはあるから“一人身”にはまだ世間の目はまだ痛い。
ただあたしの選択は《シングル》という選択をした


私たちは本当に結婚を望んでいるのか?
それともそう思い込まされているのか?


人生で一回は経験してみたいものですね。
お姫様のようなウェディングドレスを着て、

ヴァージンロードを優雅に歩く絵は誰しも夢見るし

“いつか”って思っているもの。
あたしだってその夢を叶えたくないわけじゃない
出来る事なら自分で1から作り上げたアットホームな式がしたい


結婚については賛否両論
永遠の幸福が約束される事と同時に永遠の拘束も約束される。
『幸福=拘束』同じものなのだろうか?
幸せの反対側に不幸があるように、

幸福の反対側には拘束があるのかもしれない。


一概に結婚を悪いものとは思わない。
ただその中にシングルという選択をする人がいるという事。


結婚相手はお気に入りの洋服や

靴のようには変えられないもの。
一生の相手を決めるに値する位の人が現れるまで、

そんな人生の一大事の選択なんて正直出来ない。

人は何かを探すことをやめられないのは

シングルにとっては一生添い遂げられる運命の相手を、
カップルにとってはもしかしたら隣の彼じゃない

運命の誰かを探し続けているからなのかもしれない。


果たして“運命の人”なんてこの世に存在するの?

失うことの術を習得するのは難しくはない

あまりに多くのものが忘れられるため

忘れ去られるため、そこに存在する

だから例えそれらのものがなくなっても不幸ではない


人は日々何かをなくしている


ドアの鍵をなくしてももはや慌てはしない

例えあなたを失ってのその笑い声や仕草を

愛したけれど私は自分を偽ったりしない


なぜなら私には分かる

失うことの術を習得するのは難しくはないから


例えそれがとても不幸なことに思えても

希望という名のドラッグはもうやめるべき?

それともそれがあるから生きていける?
大人になるにつれて色んなものを見て、聞いて体験して…
いろんな意味で頭が良くなっていく。もしくはずる賢くなって行く。


相手に合わせることは愛じゃない。
いつからお互いが自由である事をやめてしまったの?
恋やハートに関しては高校生のときの方がうまくやっていたのかも。
高校生の頃は高校生なりの悩みがあって、大人には大人の悩みがある。
大人になればいいってもんじゃないと思った。

むしろ大人になった方がしがらみやらで

面倒なことが増えたのかもしれない。
そしてきっと失うことが怖くなかったから。

失うことに恐怖心が無かったから。


生きて行くごとにいらないものまで抱え込んで、

一体何が一番大切何だかも分からなくなってしまってのかもしれない。
傷付いて初めて失う事の怖さを知る。

だからこそいらないものまで抱え込んで自分を守る。
でも結局、自分は何を必死に守っているの?

何から逃げて、何を怖がるの?一人になることが嫌?
今まで一人だったのにどうして一度二人の感覚を

知ってしまうと怖くなるのだろうか…


そこに希望はあるのだろうか?

まるで“希望”と言う名のドラッグみたいね。
一度口にすれば求めてやまなくなる。むしろ求めざる終えない。
でもそれは求めても、求めても満たされないドラッグ。


まだ何も知らない頃はきっと、傷付いても立ち直ることが出来た。
今はどうして出来なくなってしまったのだろう
それはきっと、傷付くこと悲しむことに疲れてしまったんだろうね
それを回避するには色んなものを持ち合わせて、

色んなものを武器にしてバリケードにして

そうやって傷付くことから逃げてきたんだろう


輝ける若かりし頃も、何も知らない純粋な心は取り返すことは出来ない。
ただ、いらないものを持ちすぎないで傷付くことに

臆病にならないことは出来る。
そうすればきっと今まで見えなかった何かが

見えてくるんじゃないかと思った。

『男に助けられるのは決して弱みを見せることにはならない』
助けられるのはいいとして、頼りにするべきなのか?

と言うか出来るの?


たまに“この人こそ”と思った人とうまく行かなくなったり、

行かないと悟った時に
『本当に愛しているのだろうか?それとも手の届かない男を

求める痛みによっていただけなのかも…』って思うときあるでしょ?
手が届かないと余計に欲しくなるもの。
ただ手に入らないものは手に入れちゃいけないものなのかもしれない。


“手が届かない”って言葉はかなりの不可抗力になると思う。
ただ手が届かないものは、現実的にお互いが立っている位置が違うから

手が届かないのであって手に入れたら嫌な話…そこで満足してしまう。
理想や手に入らないものは手に入れちゃいけないから手に入らない。
そして女の悪い癖。
“自分のものにならないから執着してるだけ”ここまで来ると

この先にあるのは愛しさではなく憎しみだったり、ダークな部分。
そうなったらもう手遅れ。それ以上最悪な状況になる前に

もう諦めた方がいい。
“ここまでやってきたから”ではなく“ここまでやらかした”


一人の男を忘れるためにどれだけの時間や人を犠牲にするだろう?
やはり『男に求める=究極の痛み』になる?


手に入らないのは相手のせいじゃない。自分のせい。
振り向いてくれなかった事が悔しかったら、自分を磨けばいい。
またどこかで偶然に出会ったときには

近づく事さえ出来ないくらいに磨けばいい。
立ってる位置が違うなら仕方ないじゃないか。
そんなの諦めてピンヒールでカツカツ通り越してやればいい。


プライド、折れそうなピンヒール、メイクにファッションを身に付けることで
女は男に対する“女の鎧”を持ったのだろう
痛みを和らげる方法を捜し求めた結果。
“女の特権”をフル活用するという事だったのかもしれない

私には守るべきものがいくつかある。
子供、愛猫、親友、そして自分の時間、空間、思考…自分自身
全て私の大切なものであり命を掛けてでも守るべきもの。
残念ながら、そこに男の存在は無い。

まだ『愛してる』と思う人が見つかっていないから。
守るべきものがあると人間は知らず知らず強くなれる。
そうじゃない、守るためには強くならなければいけないのだ。


人は何かを失うと誰かにすがりたくなる。
失恋した時、誰かそばにいて欲しい。

それは男ではなく、女友達ではないだろうか?
辛いときに『いてくれて良かった』と思えるのは正直、異性ではなく同性。
なぜかって?痛みを分かち合えるから。


友達って言っても付き合い方は色々。
私は滅多に人を信じない。心の底からの話が出来るのは片手に及ばない数字。
“親友”ってそんなものじゃない?何人も必要ない。
私にとって“泣ける相手”って事が重要。本当に辛い事があった時に泣ける相手…
そして、間違っている事は間違っていると面と向かって言える人。


男選びも同じ。付き合い方は色々ある。
自分に足りないところを補ってくれる人は最高でしょ?
私は叱ってくれる人が理想なんです。

何でもOKの人だと私はどこまででもやってしまいます。

そうすると愛想をつかれます。

その前に言ってくれればいいのに…と思います。
“わがまま”になるそうです。嫌な事を嫌と言わないからこうなるんです。
お互い自業自得なんです。


人間って学習する生き物だけど、学習しなきゃ意味が無い。
自分では何とも思っていないことでも相手にとっては違うこともある
それを指摘しないと治らない。だからそれをちゃんと言ってくれる人は重要。


この広い世界のどこかにいる自分に足りないパーツを持つ人を探すのは困難。
だから友達も彼氏にしても、いろんな人と何度もパーツを合わせてどこかにあるたった1つのものを捜し求めるのだろう。

日本の物価は高いのに狭い。
都内に住もうと思えば“あーしたい、こーしたい”の2割、叶えばいい方だろう
場所にしても、広さにしてもありとあらゆる条件もそのうち。


海外物が好きな私としては切実に思う
分かりやすく例を挙げるとしたら、1Rの大きさ。
海外のアパートメントの基本形態は1R。

その中にリビングから寝室から済んでしまうくらい広いと言う事。

誰もが日本よりアメリカの方が広い部屋だと思っている。


しかし調べて驚いた。
世界のアパート、マンションの広さの順位は1位アメリカ、2位はなんと日本なんです
だけどどうして海外の部屋の方が広く見えるのでしょう…
間取りのとり方でしょうか?かなりの謎です。アメリカンマジックです。


海外の20代後半から30代の女性は何故かアパートを買ってしまう習性がある。
確かに借りているよりも買った方が安いのかもしれない
日本にはまだあまり見られませんね。
それはきっと女性の進出の度合いが違うと言うことがこれで分かる。
ただ《シングル》のアパート購入に対して世界共通の思いがある

それは大きなメリットとデメリットがあると言うこと。
メリットとしては何があっても帰る自分だけの場所がある
デメリットはこのまま《シングル》のままかもしれないと言う漠然とした不安


『部屋はなんちゃら風にして家具はここ』何て考えている時は正直楽しい。
ただ手に入れてしまった瞬間に計り知れない不安や孤独がそこにある
プラスの反対側にはマイナスがある。
自分だけの空間はもしかしたら、ちょっとした隔離施設のようなものなのかもしれない。


“自分の城”は手に入れにくい。条件のいい男性を見つけるのも難しい。
どちらにしても望んだものを手に入れても、まだそれ以上を探している。
それを手に入れても心の隙間は埋まらないから。

むしろ前より広がったのかもしれない

恋の始まりはいつも突然で気づくと隣にあったりする。
例えば今までなんとも思っていなかった人の急接近、

全くタイプじゃないのに気づいたら

いつもそばにいていつの間にかに感情が沸いて来たとか…


恋って難しい。駆け引きってきっとキャッチボールで出来ている。
お互いがボールを投げて帰ってきて、また投げる。
言葉のキャッチボールと関係のキャッチボール。
うまく行けばお互いの距離は縮まっていって

気持ちが芽生えたり、芽生えさせたり。
普通ならひとつのボールを投げてひとつ返って来る
反対に片思いならば3、4個投げてやっとひとつ返って来るって感じかな?


ただ片思いはそのスタンスが一番楽しいし、

距離がだんだん縮まってひとつのボールでキャッチボール出来だしたら

もう毎日楽しくて仕方ない。

その点は男も女も一緒。


でも良く聞くでしょ?『俺はいいけどお前はだめ』
『男の浮気は身体だけの浮気、ただ女の浮気は心が恋するから本気。』
本当にそう思う?男だって心の浮気はあるでしょうに。
同じように女だって男のように感情抜きの浮気が出来る。
何それ?一体あなたは何様なのって感じがするし、

あたしはその言葉を言う男は苦手。
お互いの交友関係についての喧嘩は良く聞く話。

一見うまく行きそうに思えても実際はうまく行かないと悟る。


その言葉を言わせてしまうのは女のせい?男のせい?

所詮は火星人と金星人。意見が合致して何事も無く

なんてありえないのだろう。
互いに違うものを持っていて、違う価値観があって、

だからこそ異性に惹かれるのだろう


要は時と場合によってどちらかが悪い。
女だけが悪いとは言えないし、男だけが悪いとも言えない。

別にあたし自身強いわけじゃないし、

誰かにすがって泣きたい時も頼りたい時もある。
女一人は正直辛い。

やっぱり何だかんだ言って世間体って

この世の中にはあるから“一人身”はまだ世間の目はまだ痛い。
ただあたしの選択は《シングル》という選択をした


私たちは本当に結婚を望んでいるのか?
それともそう思い込まされているのか?


人生で一回は経験してみたいものですね。
お姫様のようなウェディングドレスを着て、

ヴァージンロードを優雅に歩く絵は誰しも夢見るし

“いつか”って思っているもの。
あたしだってその夢を叶えたくないわけじゃない
出来る事なら自分で一から作り上げたアットホームな式がしたい


結婚については賛否両論
永遠の幸福が約束される事と同時に永遠の拘束も約束される。
『幸福=拘束』同じものなのだろうか?
幸せの反対側に不幸があるように、

幸福の反対側には拘束があるのかもしれない。


一概に結婚を悪いものとは思わない。
ただその中にシングルという選択をする人がいるという事。


結婚相手はお気に入りの洋服や靴のようには変えられないもの。
一生の相手を決めるに値する位の人が現れるまで、

そんな人生の一大事の選択なんて正直出来ない。


人は何かを探すことをやめられないのはシングルにとっては

一生添い遂げられる運命の相手を、
カップルにとってはもしかしたら隣の彼じゃない

運命の誰かを探し続けているからなのかもしれない。


果たして“運命の人”なんてこの世に存在するの?