00-04
As a Man


ここは異世界。宮殿を出て俺たちが見た景色は、否応にもそれを確信させた。

宮殿へと続く長い階段を降りると、中央に噴水のある広場。そこは交差点のようになっていて、正面にも右にも左にも、石で出来た建物がずらりと立ち並ぶ。

幾つかの建物には看板が出ており、残念ながら文字は読めなかったが書いてある絵で何となくどういった店か判断できるようになっていた。

宿屋。武器屋。防具屋。ポーションの絵が描いてあるのは道具屋か?交差された2本の剣と竜が描かれている看板は、もしかしたらギルドかも知れない。


人通りもかなりある。残念ながら『亜種』と呼ばれる…例えば獣人のような人々は見かけられなかった。

皆チュニックというのか、麻で出来たような服をすっぽりとかぶって歩いている。左右に液体の入ったタライを括り付けた竿を肩に担いでバランスよく歩く者、自分よりも明らかに大きなカゴに荷物をパンパンに詰め、それを頭上で支えて歩く者。


どれも現実……少なくとも現代日本では見られない光景だ。


「宿を確保するように言われていましたよね。先ずは宿屋らしい看板へ向かいましょうか」

「そうは言ってもね……激戦区なのか知らないけど、宿屋の看板多くない?」
「できるだけまちのいりぐちからちかいほうがいい。クルス、すこしあるくけどだいじょうぶ」

「む……面目ない。平気だ」


俺は話を聞いていなかったから知らなかったが、暫くはここ、アスティア城下町が拠点になるらしい。
リズの言う入口近くがいいと言うのは、城下町付近が比較的安全に稼げるポイントだかららしい。確かに往復距離は短いほうが効率はいいだろう。

だが問題は俺の足だ。

情けないことに、今の俺の足は長身を支えるにはあまりにも頼りなく、産まれたての小鹿のようにぷるぷると震えていた。


「来栖さん、本当に大丈夫ですか?冷や汗が……」
「来栖、あんたどっか怪我してんの?」


女子三人に心配される始末だ。何とも情けない。


「……宿に着いたら話す。行こう」


立ったまま説明する気力もなく、かといって往来で座り込むことも出来ず、俺は城下町をよたよたと進んでいく。


と。


《歩行Lv1を獲得》

何だこれ。
歩きながら後ろの3人を伺うが、変わった様子は無い。俺だけだろうか。


ともかくそれは後だ。今はひたすら足を前へ。


かくしてどうにか城壁にたどり着く。あそこにある城門が城下町の入口で間違いないだろう。

周囲に宿屋らしき看板は二つあった。

一つ目は石造りの大きな宿。開いた扉の前には明るい家だというのに豪華なランタンが灯っている。


「う……」


窓から内側が見え、中のロビーらしき広間に結構な人数の若者ーーー俺たちと同じようなボロギレを纏っているーーーが居るのが見えた。


「エリカ様(仮)も居るな。もう一つの宿にしよう」

「ぷっ、何その名前」


パッと見だけでチャラそうな男子6人と女子8人が見える。あの香水臭そうな空間に行くのは無理だ。足だけではなく心まで死んでしまう。

…そう思っていると。


「おにーさんおねーさん達、宿屋探してるんでしょ?」


中学生くらいだろうか。小柄な女の子に話しかけられた。小柄といってもリズと同じくらいの背丈はあるが。

特徴的なのは肩までの長さの、『緑色の髪』。
現実ではありえないその色に、再度ここが異世界だと言う事を確信する。


急に話しかけられて戸惑う俺たち。そうだよな。ここに居る4人全員、ぼっちオーラが半端ないからな。初対面の人に話しかけられて、キョドらない方がおかしい。


「は、はい。ですがその、混んでまして…」


中では一番まともに会話できそうな黒乃さんが代表して対応した。
話しかけて来た女の子はニンマリと笑って、


「じゃあウチにおいでよ!その宿ほど豪華じゃないけど、料金控えめ、サービスたっぷり!損はさせないから!」


ぼっち戦士たちは目で「どうする?」と語り合う。

どちらにせよエリカ様の居る宿屋へは行きたくない。俺が行きたくても黒乃さんが辛いだろう。偶然かそうでないかは分からないが、この少女の申し出はありがたいものだった。

しかし腰のボロギレがぶら下げている金貨袋に入っているのは1シルバーのみ。そもそもこれで足りるのかもわからない。

だが戸惑う俺たちとは裏腹に少女はリズと相馬さんの手を引いてグイグイと進んでいく。

俺は重たい脚を引きずりながらそれについていくことしか出来なかった。




「はーい!勇者様4名さまごあんなーい!!」


様がダブっているが、突っ込む気力さえなかった。先ほどの大きな宿は北門にあったらしく、そこからここ東門の宿まで歩かされたのだ。




俺はといえばーーー



「」

「来栖さん…!あのっ、すみません、どなたかお水をいただけませんか…!」


案内された宿屋のロビーのソファーで灰になっていた。


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奥から恰幅のいい女性が少女に連れられてやってきた。少女と同じく緑髪。きっと親子だろう。「ご苦労さま、リリィ」と少女……リリィさんの頭を撫でてから俺たちに向き直る。


「いらっしゃい!『黄昏亭』へようこそ、歓迎するよ」


そう言ってリリィさんの母親ーーー女将は人の好さそうな笑顔を見せてくれた。




女将とリリィは俺たちがこの世界についてあまりにも無知であったにも関わらず、笑顔でいろいろと教えてくれた。

俺たちが一人一人持っている1シルバーは100カッパー相当らしい。
纏めると、

100カッパー = 1シルバー
100シルバー = 1ゴールド
100ゴールド = 1プラチナ

との事だ。大体1シルバーが宮殿に使える新人の日給がこれくらいとの事だ。

因みにこの宿の料金はそれぞれが払うのではなく、部屋の広さとベッドの数で決まるらしい。一泊夕食付きで1人部屋が50カッパー、2人部屋が80カッパー、4人部屋が1シルバー20カッパー…つまり、120カッパーだ。む、流石に3人部屋は無いか。


「もうこの宿でいいよな?…じゃあ1人部屋と4人部屋を一部屋ずつ頼む」
「クルス、それはこうりつてきではない」


割って入ったリズは眠そうな目で俺の手を摘みながら、


「ふたりべやがふたへやでいい。わたしがクルスのおせわをする」


と恐ろしいことを言う。


「り、リズちゃん、さすがにそれは……」

「あんた高校生の男女が同じ部屋とか、子供が出来たらどうすんの!?」


相馬さんの言うあまりにも突飛な飛躍に黒乃さんが「??」という顔をしていた。多分俺も同じ顔をしている。


「べつにかまわない」

「「「ぶーーーーっ!!」」」


黒乃さんと一緒に不思議な顔をしたのもつかの間、リズの爆弾発言で皆が噴き出した。


「……リズ。軽々しくそういうことは言うな」
「かるがるしくいってない。おんがえしになるなら、わたしをすきにしてかまわない」


相変わらず無表情のまま、だが俺の目の奥を見つめるようにしてそんなことを言う。
140センチほどしかなく、どう見ても小学生…背伸びして中学生の少女からでたあまりにも大胆な言葉に思わず顔を背けてしまった。


「恩返しって…ほんとあんた、リズに何したのさ…」

「感謝されるようなことはしてないと思うんだが……去年、校内で食堂の場所を教えたくらいか?」
「いっしょにおうどんたべた」

「そうだったな……そのまま一緒に食堂で昼食を取ったな」
「うん」


そう言ってリズは頬を染めた。


……。


「…………あのリズちゃん、それだけ………ですか?」
「うん」


……。


……え?


今度は相馬さんを入れて三人で顔を見合わせた。
どう考えても、リズが身を捨てるほどの恩に感じる要素がない。

ここまで言うのだ。俺が気づかないうちに命を救っていたとかのなんちゃってラブコメ展開だと思っていたから、肩透かし感が半端なかった。



「えーと、部屋…どうするんだい?」


呆れたような女将の声で俺たちはようやく我に返った。


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「わあ、広くていい部屋ですね…!」


部屋に備え付けられた窓に駆け寄りながら黒乃さんが声を上げた。


「見てください!素敵な街並みですよ!」


なるほど、三階にある四人部屋からは独特の街並みが睥睨できる。
遠くに見える高台の上の宮殿、幾つかある噴水広場、屋根の低い石造りの家、何かの道具の店頭販売、道行く人。
現代日本とはまた違った活気のある街並み。


「それは兎も角……本当にいいのか。今からでも俺は一人部屋に」
「それはだめ。ひこうりつ」


即座にリズが否定してくる。確かに女性陣は10カッパー、俺は20カッパー得した計算になるが、やはり倫理的に宜しくないように思う。いややはり今からでも…。


「来栖、もうあきらめたら?あたしは別にかまわないしさ。黒乃もそうでしょ?」

「は、はいっ!私は構いません!」

「う…ぐむ…。そうか。まあそのなんだ。やっぱり嫌になったり怖かったりしたら言ってくれ。すぐに移動する」

「良いって言ってんのに…」


何だかんだでこんなことになってしまった。何というハーレム展開。これで俺が強ければ異世界召喚チーレムの完成だ。


「みんなじぶんのステータスはかくにんした」


リズが入り口から一番近いベッドに腰掛け、皆に問う。日本語になれていないこと、感情の起伏を表に出さないこと、質問の際、語尾を上げないことから疑問形かどうか疑わしいが、俺たちの顔を覗きながら言っているのだから、これは問いだろうと把握して答える。


「そういえばまだだな。悪いがそれどころではなかったからな…。『メニューを開く』と念じれば良いんだったか…むっ」


ブゥン…。


念じた瞬間、視界の下側にダイヤルのようなものが『表示』された。そこには『ステータス』と書かれている。

指でダイヤルのある空間をフリックすると、項目が移動する。『スキル一覧』『スキル使用』『装備』『アイテムボックス』『???』『ステータス』の順で一周した。

他の皆を窺うと、皆自分の前の空間を指でまさぐっている。なるほど、やはりこのダイヤル…メニューは自分にしか見えないようだ。


『ステータス』をタップしてみる。


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来栖恭一郎 Lv1 0/7
ノービス Lv1

HP 10/10 SP 4/7 MP 15/15

体 1.30 STR 0.50 VIT 0.60 STM 0.22
技 4.30 DEX 1.60 SPD 2.60 LUC 0.10
心 3.00 MAG 0.80 INT 1.20 MEN 1.00

計 8.62
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小数点…だと?もしかしなくても、俺、弱すぎ…?

メニューに戻り、ヘルプファイルを開き、ステータスの項目を選択。



HP
ヒットポイント。0になると戦闘不能になる。
『体』が大きく関係する。

SP
スタミナポイント。スキル使用だけでなく、全ての行動で消費する。
『技』と『体』のSTMが大きく関係する。

MP
マジックパワー。魔法や魔術の使用に必要。
『心』が大きく関係する。



 身体能力。以下の3つのパラメータの合計値。
STR
 筋力。物理攻撃や武具の装備、伐採や採掘に影響する。
VIT
 体力。物理防御やHP、防具の装備、伐採や採掘に影響する。
STM
 持久力。スタミナポイントに大きく影響する。


 技術、テクニック。以下の3つのパラメータの合計値。
DEX
 器用さ。物理攻撃や命中率、あらゆる採取と生産に影響する。
SPD
 素早さ。移動速度や攻撃回数、回避に影響する。
LUC
 運。開錠率やドロップ率、レアドロップに影響する。


 心力。以下の3つのパラメータの合計値。
MAG
 魔力。魔法の効果に大きく影響する。
INT
 知力。アイテムや書物、魔物知識など幅広く影響する。
MEN
 精神力。魔法防御と状態異常抵抗、治癒術の効果に影響する。



どうやらすべてのパラメータにおいて、最弱の人型モンスターである『ロウアー・コボルト』の能力を1.00として比較しているらしい。
つまるところ最弱であるロウアー・コボルトとやらの半分しか筋力が無く、5倍疲れやすいが、2.6倍のスピードで何とか戦う、ということか?


…俺は思わず頭を抱えた。


自分で選んだことだ。絶望感や後悔などは一切ない。
むしろ、望むところだ。全力全開で戦うことが出来る。

血が騒ぐ。胸が躍る。

…パーティさえ組んでいなければ。


勿論彼女達を守りながら戦うのが辛いだとか、そういうことを言っているんじゃない。

これ、俺…。明らかにお荷物じゃないか?


パラメータだけを見れば、心技体の『体』は絶望的、『技』はLUCを除けば高水準、『心』は並といったところ。

RPGで言うところの…シーフか?
いや、LUCが低い為開錠には期待できそうにもない。

尖ってない分、某TRPGのグラスランナーにも劣るんじゃないのか、これは。


いや、望むところだ。いや、お荷物だ。
いや、俺はこれを待っていた。いや、パーティを組むと知っていれば。


…なんて女々しいのだ、俺は。
本気を出したくてこの『アルティメットモード』を選んだというのに、何だこの感じは。

モヤモヤしたまま、ステータス表示の隅にスキル非適応時のステータス表示、というボタンがあるのでそれをタップ。


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来栖恭一郎 Lv1 0/7
ノービス Lv1

HP 968/968 SP 128/131 MP 15/15

体 132.40 STR 50.40 VIT 61.10 STM 20.90
技 4.30 DEX 1.60 SPD 2.60 LUC 0.10
心 3.00 MAG 0.80 INT 1.20 MEN 1.00

計 139.70
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「…ははっ……」


思わず乾いた笑いが漏れた。


…これが素の俺。
比較対象が最弱のモンスターしか居なくてもわかる。


……まるで化け物じゃないか。


………鬼の子そのものじゃないか。


おかしいとは思っていた。

睨めばチンピラも逃げていく。
ワンパンでヤクザの車も廃車になる。
大人すら俺との試合に応じない。


自分の能力が数値化されたことで、改めて理解した。


やはり、俺は化け物だったのだと。
やはり、俺は鬼の子だったのだと。


だから、せめて。


夢の中くらいは人間になりたかったんじゃないのか。


「クルス、まだあしいたいの」
「大丈夫ですか?来栖さん…」
「あんた、やっぱり体のどこか悪いんじゃないの?水持ってくる?」


3人が俺の顔を覗き込んでくる。


「あ、いや、すまん。何でもないんだ」
「すごくつらそうだった」


リズがベッドから立ち上がり、俺の右手をちょこんとつまむ。どうやら相当酷い顔をしていたらしい。俺はネガティブな感情を全て振り払うように首を左右に動かし、


「謝らなければならないことがある。俺のスキルについてだ」


まだ少ししか話していないが、分かる。

目の前の3人は、こんな俺を気遣ってくれる…とてもやさしい女子達だと。


俺は化け物でも鬼の子でもなく、人間として彼女達と接する機会を得ることの出来たこの夢に感謝しつつ、ゆっくりと口を開いた。