今日はお寺に腹帯を返しに行った。

腹帯とは子供が生まれる前に安産祈願でお寺からもらうもの(買う)、
返すのも当然お金がいるわけで。
そして返すのになぜか新しい帯を買わされそれも祈祷の為に納める。

意味わからん。

バレンタインデーと同じ。
商売の匂いぷんぷん。

そもそも、御宮詣りしたりするのにクリスマス祝うとか、
二神背徳もいいとこ。
2つ神持ってどないすんねん。

どっちかにしましょうよ。
だから日本は弱いの。
一つを信じる国は強いよ。

あっ、僕の場合は妻の意向が強すぎて…。
「美咲ナンバーワン」


内容は、ルーキーズを白々しくして、内容スカスカにした感じ。
しかし、カリナさんのめまぐるしく変わるファッションが勉強になる。

百貨店に行ってもほとんどが女性用フロアで
男性用フロアが2O%程度な理由がここに証明されている。
今の時代のスピードは速すぎるのか

「旬」がある人間はいつか腐ってしまう。
アーティストもお笑い芸人も、そして会社員も。

レイザーラモンHG、ハタヨウク、ワンズ、ミキドウザン


松尾芭蕉はこう詠んだ

「夏草や 兵どもが 夢のあと」


旬を作らず、長生きするのが賢いのか、
旬を維持できる生き方をするのが賢いのか。

俺は間違いなく「旬を作らない」生き方だ。
8時に待ち合わせをしたとする。

では何時にその場所にいるか?
僕は7時55分にその場所にいればいいと思う。


8時に迎えを待つ場合は、
7時55分にその場にいて8時5分になっても来なければ電話を入れる。
要は8時ぴったりだと催促したみたいになるからだ。


でもこないだこの話をするとそれは日本の常識にあっていないといわれた。
8時待ち合わせは7時30分にその場にいて、

8時に迎えを待つ場合は、7時30分に電話を入れ、
「到着しています」と伝えるのだそう。


時間の無駄だと思う。
今日はあまりいかない場所に行き、帰りは18時頃になった。
帰宅ラッシュの時間にバスにのりいざ自宅へ向かう。

そんなある時のできごと。
バス停について何人か降りてバスが出発した。
後ろの方のおじさんが若いスーツ姿の男に
「降りるんか?」と聞くとそのスーツさんは
「はい」と力弱く答える。

するとおじさんが
「降りる人います!!」と声高に運転手に叫んだ。
結果スーツさんは無事降りることができた(バス停は30mくらいすぎて)。

おじさんえらい!といいたいが、それよりもスーツさんが自分で叫ぼうよ。
そこは照れないでほしい。
先週末はヘアーカットに行ってきた。
担当してくれた方は本当に楽しそうにしゃべるし、
手も早い。
「この人仕事楽しんでるな」と思い聞いてみると
「もちろん、むちゃむちゃ楽しいです」とのこと。

仕事は「やらされている感」よりも「やりたい感」。

帰りに名刺もらうと”店長 ”の肩書きが。
次はQBハウスで1000円散髪をしようと思っていたが、
当分このお店でお世話になることになりそうだ。
ちなみにここはカットのみ3900円。
今は会社員として働いている。

自分の上にはマネージャー(いわゆる部長)がいて
その人は優秀な人だと感じる。

前職での上司も素晴らしい人で人間としても尊敬していた。
自分が上に立った時こんな上司になりたいとも思った。


ところでマネージャーの仕事ってなんだろう?
現場に行くのは絶対違う。

例えば戦国時代1000人対1000人の戦いがあったとする。
そこに武将が一人加わり合戦をしても所詮1001人対1000人。
戦局は変わらないだろう。
優秀といわれる武将なら1001人を2000人にも3000人にもできる。
それは戦略なのか、計略なのか。
しかし一番重要なのは「士気」の上昇だと思う。


マネージャーは現場に参加して頭数を足すのではなく、
「この人のためなら」「この人だったら」との想いを部下に
与えれる存在、士気を上げれる存在にならないといけない。

おそらくそれはアナログだろう。
だって人間の感情自体がアナログであり、
「なんとなく」が多いのだから。
現在29歳の既婚、0歳の娘あり。
学生時代に1年間休学し、大阪と東京でとび職を経験する。

学校(高等専門学校なので5年間の通学が必要で短大卒扱いとなる)
卒業後は機器分野の会社に就職する。

4年間勤めた時に「サーフィンを極めるために宮崎に行きたい」
との思いで退職を願い出る。

そこで運よく転勤をさせてもらうことができ
会社の費用で引越し、家賃を払ってもらいながらサーフィンの修行に尽くす。
さらに1年半勤めた後、「オーストラリアで修行したい」と思い退社。

約1年の経過後再び宮崎に戻り、サーフィンコンテスト参加に没頭。
自営業も行いながら日銭を稼ぎサーフィンをひたすらしていた。

そんな時、彼女が妊娠、そして結婚となる。
自分の年齢が29歳までは好きなことをするとの思いから始めたこの旅。
29歳になると同時に宮崎を離れ嫁さんの実家に住む。

住みだして10日後に前職分野の機器会社に採用決定。

現在に至る。


サーフィンを始めたのが19歳。
そこから現在の29歳までの10年間。
早かった。

ぼちぼち語っていきたい。