
アロン神権について学んでると
はじめから、面白いことが書いてある。
それは神を助けるように努めると言う言葉だ!!
わたしが、神様を助ける???
今まで全く意識してなかったから、ここの言葉は、非常に新鮮だ。
今まで助けられることしか、考えてなかったが
神を助けることが原則であれば
神様とわたしの関係は対等であるべきであって、
神様は、わたしたちのことを、子供として愛してくれてるが対等の立場として見てくれてるのでは???
そう考えると確かに、大管長であっても、プライマリーの教師であっても、ピアノの伴奏者であろうと
わたしたちの教会では大管長だから偉いと言う考えはない。
人それぞれ賜物が違っていて、偉い偉くないではなく、先か後か
ただそれだけであると教えられてる。
それは神様とわたしとの関係もそうなのか?
でも従順に従うとか戒めを守るとか聖約を守るとかあるが、
それを守ることについてはどうだろうか?
神様は、わたしと対応でありながら、戒めを守ることや聖約を守ることそれに従うことを命じてる。
それでは神様は、その事を命じているがはたしてそれでも対等である
のか?
それでもっとも重要なのが、選択の自由というわたしの選びにかかってると思う。
だから神様は姿を現さないのではないか?
もし神様が姿を現したらわたしは自分の意思で神様の戒めを守る選択をするか?
しないだろう。むしろ出来ないと言ったほうが正しい。
自分の意志ではなく従うしかないと思うと思う。
なるほど!!だから聖霊は肉体がないのか。
わたしが、自ら選ぶことが出来るように肉体を持ってないのか!
聞いたり見たりしている言葉でなんとなく分かってても、それは分かってるようで分かってないし、モルモン書の著者モルモンや数多くの預言者が物凄く時間をかけて作ってくれたもの。
S兄弟も物凄く時間をかけて研究した事を分かち合ってくれてる
彼らに心から感謝してるが、そこで終わってないだろうか?
わたしは彼らに自分がもっと成長してもっと主に近づいて恩返しをしたい。
いや恩返しをする!!!
感謝だけでは終わらない。
そして主に恩返しをする。わたしは主の業を助ける。
輝かしいわたしが、わたしを待っているから
わたしは前に進める。
イエスキリストの御名よってアーメン