お久しぶりです。
お元気にお過ごしだったでしょうか。
私は、なんだかブログを書くのに疲れてしまい
しばらく違うことをしていました。
例えば、マドモアゼル愛先生の月星座やホロスコープを学んだり
アクセスバーズをもう一度取り組んでいました。
また、アメリカ大統領選挙にものすごい影響を受けまして
毎日youtubeやTwitterに張り付いていました。
今も、なんだかしっくりこない感じですね😁
今のアメリカ大統領は、すごい得票を得て選ばれましたが
そんなに人気あるとは思えないし
(あくまでもわたしの主観ですが)
息子共々ウクライナでは良からぬことをしていたようですし
私人になった前大統領が弾劾裁判にかけられるとか
(弾劾裁判は公人に対するもの)
日本で見ているとコメディみたいですが、
アメリカ国民の利益にはなっていないように見えます。
早く落ち着かれますように。
そして、日本も政治とオリンピックとコロナは
同時進行できな臭いですね。
森さんの件は、切り取り報道された時点で私はやるせないです。
男性も女性も、お互いの良さを認めあってリスペクトし合う
関係でありたいと、私は思います。
前置きが長くなってすみません。
さっき、自分で自分を癒やすことができたので
読んでくださっている方に共有することで
癒やされる方が多いなと思い、
久しぶりにブログを書きます。
昨日はバレンタインデーでしたね。
私は娘と、娘の女の子の友達に配るケーキを作っていました。
天気も良くて暖かくて
家族と過ごせれて
なんだか幸せだなって、思って感謝していました。
愛する人がいるだけで、幸せだなって思ってね。
昔を振り返って、手ひどく振られたり
道ならぬ恋をして誰にも言えず、悩んでいたことを
思い出しました。
早く忘れてしまえばいいのにね。
愛されている喜びも知っているはずなのに
いつまでも、辛いことばかり大切に握りしめて。
愛されると嬉しいけれど、
なんで嬉しいんだろうと考えたとき、
自分を認めてもらえているという
自尊心が満たされることが嬉しかったのだと
気づきました。
私は、とても自尊心が低い人間でした。
確かに長年親に無視されたり、世間では人の不足感や欠乏感を
煽る風潮で、素直に人の言うことを聞きすぎる性格なので
そうなってしまったのは仕方がなかったのかな。
では、自尊心が満たされるときはなかったのかというと
今の世の中は少ないかもしれませんね。
学校教育でも、良い面より悪い面に目を向ける教育ですし、
社会に出たら、人を踏み台にして仕事をしていく人が良しとされます。
テレビをつければ自分の不足感や欠乏感を煽られ、
コンプレックスを突きつけられます。
家庭も、親から悪い面ばかり指摘されたり
無視されたり、親の望む人間になることを強制される
場になっていたら
生きづらさを感じたり、自分の価値を信じられない気持ちを
持ってしまうかもしれません。
自尊心が満たされるときは、一例ですが
『成果を上げたとき』
『誰かに認められたとき』
『褒められたとき』
ではないでしょうか。
成果は自分で出して見ることができますが
他者から褒められたり認められるのは
自分でコントロールして得られるものではありません。
子供時代だけですよね、褒められたりするのって。
大人になるにつれ、機会は少なくなります。
自分以外の人を愛するということは
相手は自尊心が満ちるということです。
結果、相手に自信をもたらすことになります。
それって、相手にとってはすごい利益になることを
してることですよね。
そのことに気づいて、
それまで抱えていた敗北感とか
後ろめたさとか、後悔を
すっかり手放すことができました。
号泣して癒やされましたよ。
今も泣いています。
どうか必要な人に届きますように。
癒やされますように。
愛は、確実に相手の力になっています。
愛したことが、たまらなく嬉しくて、
誇らしく思えるのです。
