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先日、本屋さんに行きそんな気分だったので、「家族という病」と


「下流老人」を買いました。ってどんな気分だったかといえば決して


明るくはないですよね。


「家族という病」のレビューは酷評も多っかったのですが、わたしは


著者の主張はありだと思いました。なんといっても、自分の親兄弟


に対する赤裸々な思いを言ってしまう勇気と、そこまでしてでも家


族というものについて再考したいという強い意志に感銘を受けまし


た。


以前人の心を動かすような本を書くには、真っ裸で大通りを歩くほ


どの覚悟が必要だと聞いたことがあり、まさしくそうですね


ただ、中身については、著者の意見に違和感を感じる人は多いと


は思います。これを認めてしまったら、家族否定になりかねなく、


家族のために一生懸命働いてきた人はなんのために生きている


のかわからなくなってしまう人も多いと思います。


たとえば家族関係が苦しくとも、それと同時に自分の存在意義を


家族の中に見いだしている人も多いのではないかと。


また生物的にも家族が種族維持を保持する役割があるとすれば、


なくてはならないもので、一番重要とされてしかるべきなのではな


かと思うのですが。


その関係が、どんなに苦しかろうとその苦しさは人間として生きて


きた宿命のような気がします。


ただ、その苦しさを緩和する方法は存在するとは思いますが。


以前イタリアの農村の番組で、若い頃、がむしゃらに


働き苦労した70代くらいの女性が今は周りに子供、孫に囲まれて


ゆったり暮らしていて、自分の人生は幸せだった、今も幸せだと


はっきり言い切っていたのを思い出しました。


特にイタリアが良いのだという訳ではないし、日本人にもこ


のイタりアの女性のように家族に囲まれ幸せだと感じている人も


数いることと思いますし、そう信じて生きてきた、そうであるはず


だと言う人も多いのではないかと思います。


ただ、なぜか日本人は、全体として幸福感が乏しい人が多い調査


結果をよく目にします。


そして「下流老人」へと続いてしまうわけですね。


将来90%の老人が下流になるといわれている現実。


下流という言葉は好きではないのですが、まさしくそんな感じでは


ありますよね。


家族という病を感じながら、年老いて下流へと下って行くってほん


と人間て何なのでしょうね。


一体何が必要でどうすべきなのか、少しづつ考えてみることにしま


す。