全てが夢だったみたいだと改めて思う。
摂食障害の自分に振り回されて居たあの頃を思うと
心からそう思う。
旦那と過ごした2年はお世辞にも
楽しい新婚生活というわけではなかったし
それは今でも変わらない。
私は多分結婚には向いていない人間だ。
1人の時間が好きだし
1人の時間が無ければ生活が成り立たない。
その2点において
どれだけ旦那をがっかりさせただろうか。
今でも自分はまともな人間ではないと思っている。
けれど、2年前
もっと言うと1人暮らしをしていたあの頃や
10代の自分を思うと
比べ物にならないくらい
「落ち着いた」のではないかと思う。
あくまでも私の場合だけれど
摂食障害は、「若さの呪い」のようなものだった気がする。
日々、一分一秒でも誰かからちやほやされていたいという
「若さの力」が私の場合は摂食障害という形で
現れていたのではないかと思う。
正直、今はもうそう言うことに疲れきったのかもしれない。
と言うか「もう無理だ。」という諦めと
「もういい。」という興味のなさが
摂食障害という異常な精神を落ち着かせた気がする。
勿論根本が腐っているのですきあらば
ちやほやされたいという気持ちはあるのだと思う。
けれど、もう昔のように
なりふりかまわず、痩せていたいという願望は
無いのだろうと思う。
そうなると食生活なんてものは
本当に「適当」でいいものになる。
食べたい時に食べたいものを食べ
体重なんてもうどうでもよくなる。
一度どうでもよくなると太るけれど
それを過ぎると意外にもじょじょに
「自分にあった体重」に戻っていくものだ。
それは若い時に惚れ惚れしていた
理想の低体重ではないけれど
寝ても冷めてもだるかったあの体とは
比べ物にならないくらい
今の体は内から支えられている感じがする。
もうあと2年で30になるけれど
明らかに10代の頃より私は元気だ。
心も元気だ。
そして来月、私は母親になる。
酒におぼれ、男を見下し
真っ暗な部屋でコンビに弁当を貪っては
吐くというクソみたいな生活をしていた自分が
「ベビーベットはレンタルにしようかな。」
なんて旦那に聞いてるのだから
人生どうにでもなるものだなと思う。
摂食障害の自分に振り回されて居たあの頃を思うと
心からそう思う。
旦那と過ごした2年はお世辞にも
楽しい新婚生活というわけではなかったし
それは今でも変わらない。
私は多分結婚には向いていない人間だ。
1人の時間が好きだし
1人の時間が無ければ生活が成り立たない。
その2点において
どれだけ旦那をがっかりさせただろうか。
今でも自分はまともな人間ではないと思っている。
けれど、2年前
もっと言うと1人暮らしをしていたあの頃や
10代の自分を思うと
比べ物にならないくらい
「落ち着いた」のではないかと思う。
あくまでも私の場合だけれど
摂食障害は、「若さの呪い」のようなものだった気がする。
日々、一分一秒でも誰かからちやほやされていたいという
「若さの力」が私の場合は摂食障害という形で
現れていたのではないかと思う。
正直、今はもうそう言うことに疲れきったのかもしれない。
と言うか「もう無理だ。」という諦めと
「もういい。」という興味のなさが
摂食障害という異常な精神を落ち着かせた気がする。
勿論根本が腐っているのですきあらば
ちやほやされたいという気持ちはあるのだと思う。
けれど、もう昔のように
なりふりかまわず、痩せていたいという願望は
無いのだろうと思う。
そうなると食生活なんてものは
本当に「適当」でいいものになる。
食べたい時に食べたいものを食べ
体重なんてもうどうでもよくなる。
一度どうでもよくなると太るけれど
それを過ぎると意外にもじょじょに
「自分にあった体重」に戻っていくものだ。
それは若い時に惚れ惚れしていた
理想の低体重ではないけれど
寝ても冷めてもだるかったあの体とは
比べ物にならないくらい
今の体は内から支えられている感じがする。
もうあと2年で30になるけれど
明らかに10代の頃より私は元気だ。
心も元気だ。
そして来月、私は母親になる。
酒におぼれ、男を見下し
真っ暗な部屋でコンビに弁当を貪っては
吐くというクソみたいな生活をしていた自分が
「ベビーベットはレンタルにしようかな。」
なんて旦那に聞いてるのだから
人生どうにでもなるものだなと思う。