*プレゼント作品です。 


小鳥の鳴き声が部屋に響き、昨夜遅くまで作業していたからか、少し重そうな瞼が開かれていく。
 
「ん…あっ。朝…」
 
春歌は、一度ゆっくりと頭を振るうと、ベッドから立ち上がり、恋人から贈られたショールを肩に掛け姿を隠す。
 
『君は、寝起きの姿でも、チャイムが鳴ったら出てしまうのでしょう?』
『え?そんな事は…』
『ありますよ。先程も、私が止めなかったら出てしまう所でしたから』
『でも…トモちゃんでしたし…』
『もし。その横に音也がいたら?』
『…一十木君?…んっ』
『他の男の名前を呼びましたね』
 
リビングに向いながら、恋人の『お仕置きのキス』を思い出すと、春歌は唇に指を這わせた。
 
「心臓に…悪過ぎます」
 
愚痴の様な言葉を零しながらも、恋人の甘い笑顔を思い出して、微笑を一つ。
 
一つ一つの動きを計算して動いているのではないかと思う事ばかり。
指先で小さなボタンを押す。その仕草だけで世界が変わってしまうと思ってしまう程優雅。
そして、その指先が自分の肌をなぞれば、瞳に写った美女よりも自分が美しく作り変えられてしまう魔法を持っている様に感じる。
 
「私…本当に…一ノ瀬さんが…」
 
好き。
 
愛の言葉を零しつつ、リビングへと続く扉を開くと…。
 
「おはやっほー」
「…………え?え?ええっ」
「おやおやおやーっ。春歌ちゃんっ。まだ眠りの世界かにゃあっ?」
「…一ノ瀬…さん?」
「んー。違うんだなーっ。HAYATO。でしょっ」
「…でも…HAYATO様は…」
 
自分の偽りの姿は…。
恋人が一生懸命苦しんで決めた事。
分身のHAYATOを辞める。
今でも、あの宣言は瞳を閉じれば思い出す事が出来る。
 
目標にしていた人。
大好きだった人が永久に消えてしまった。
それでも、その代わりに誰よりも素敵な恋人が、自分を包んでくれる幸せは今も心を満たしてくれている。
 
キラキラと輝く微笑。
恋人とは違う種類の甘い声。
王子しか似合わないデザインの服。
 
部屋にずっと貼ってあったポスターの姿が、瞳を擦っても目の前から消える事は無かった。
 
「あのっ」
「好きだよっ」
「HAYATO…様……っ。うっ…」
「春歌…ちゃん?」
「一ノ瀬…さん。ひくっ」
 
自分をこの世界に導いてくれた存在。
手を伸ばせば、自分だけのHAYATOになると分かってはいても。
今、春歌の心にいる存在は一人だけだった。
 
少し意地悪。
微笑みは太陽の様ではなく月の涼しさを含む。
甘やかすだけでなく、背中を押す厳しさを持っている。
外見は同じでも、素のトキヤだけが春歌の心を動かせる存在。
 
「好き…です。一ノ瀬さん…」
「春歌」
「もど…てきて…HAYATO様と呼んでしまいました…キス…して下さ…い」
 
はらはら。
桜の花が散る様に、春歌の瞳から涙が零れ落ちていく。
 
バサッ。
乱暴に物が床に落ちる音がすると、柔らかい感触が春歌を包み込む。
 
肌から直接感じる体温は、春歌が一番愛しさを感じるモノ。
 
「一ノ瀬さ…ん」
「すみません。先日、自分の部屋で残っていた衣装を見付けてしまい、自分の意思で捨てたとは言え、愛しい人が求めていた存在を殺してしまったと…改めて感じて…」
「ころ…っ」
「春歌?」
「殺してなんかいませんっ。HAYATO様は一ノ瀬さんです。HAYATO様に二度と会えなかったとしても。私を救ってくれた人は今、私を包んでくれている一ノ瀬さんです。HAYATO様は…此処にいます」
「…っ」
 
少し腕の中で体を動かし、春歌はトキヤの胸に愛しい思いを込めて頬を寄せた。
その仕草は、トキヤの中で愛しさを増加させていく。
可愛くて仕方が無い。
生まれて出会った中で、一番美しく、心に足りなかった何かを満たし続けてくれる存在。
 
愛を返す思いを込めて、トキヤは春歌を抱き締め返す。
 
「…ぁっ」
「君で良かった。私を求め、変えてくれる存在が春歌で」
「一ノ瀬さん?」
「…そうでした。お仕置きが必要なのでしたね」
「あのっ。いえっ」
「姫が望むのですから、仕方がありませんね。他の男の名前を呼んだのですし」
「ひっ」
「私は、もう服を脱いでしまいましたから、キスだけでは終わりません」
「ぁっ」
 
いつもの自信溢れるトキヤに戻れば、すぐに春歌は罠に掛かり抜け出せなくなる。
抱きかかえ上げられ、キスの追加があれば、指先を動かす力が無くなる程に蕩け、名前を呼ぶだけの状態になってしまう。
 
「好きです。春歌」
「私も。一ノ瀬さんだけを」
「トキヤ。です」
「…トキヤ…くん」
 
呼ぶ事を許されているたった一人の名前を呼んだ唇は甘いキスのご褒美が贈られる…。
二人の間には誰も入る事が出来ないモノに。