まず初めにこのブログで何を書こうかここ何日か考えていましたが、ここは私の尊敬してやまない宮崎駿先生の本をご紹介する事に決めました。


日本の中で、最も日本に貢献した人、努力した人は?ともし聞かれたら私の頭にすぐに思いつく人は宮崎駿先生です。

早くから自分の才能、出来ること出来ないことに気づき、今の日本で何を作らなければ何を届けなければいけないかをひたすら考え、それをものの見事に形にしてしまう人✨✨

その宮崎先生の本を読み返してみると、これからの時代について書かれている所があり、随分前に書かれたものなのに今の事を言われているみたいだな、と思えるようなところがあったので抜粋してご紹介したいと思います。

「いや、僕は本当のことを言いまして、あんまりメッセージ性っていうので映画を作ってはいなくて、もっと俗っぽいところで「わはは」と言いながら、本当は作りたいと思っている人間ですから。もちろん真面目なものは真面目に作んなきゃいけないと思ってますし、子供のために作りたいとは思ってるんですけどね。だから、「崖っぷちまできた」というのは、とにかく一通り全世代を網羅したってことなんですよね。それで、結局その枝葉に踏み入ることになっちゃうことがいいのかどうかっていう。
たぶん前言ったこと以上のことは言えないだろうと。
 あと、もう一つはやっぱり、バブルがはじけたときにー別に株に手を出していたわけじゃないんですけど(笑)ーなんかねえ、管理社会っていうのはバブルだってんじゃないかってわかったような気がしたんですよ。「管理社会に食い殺されるな」っていうふうなエールを送る作品なんていろいろ言ってきたけど、なんかこの管理社会そのものも一種の幻影でね。もちろん没落期になるともっとヒステリックになるから、一段と管理が強まったりするけど、同時にそれも力を失っていくだろうと。説得力を失ってヒステリックになっていくだけだろうっていう。経済的な没落もアメリカが予想以上に早いように、日本はもっと早いだろうっていう。それから、80年代の終末観すら、一種甘美だったと僕は思うんですよね。団子になってグショグショになって、世界中がスラム街になりながら生きていくしかない、どうやらそういう未来が見えてきたなっていうね。人口百億人に本当になるかどうかはわかりませんけど、そういうことも含めてアトピーもアレルギーもエイズもみんな団子になってくるんだと。
それで国境もなにもいろんなものがひしめきあい交じりあいながらいきていかなきゃなんないっていうときに、80年代の簡単な民族主義や安直なニヒリズムの刹那主義はうんざりだっていう。
 だから、どういうふうにして自分は生きていけるかっていうことも含めてね、もう少し本質的な映画を作らないと駄目な時期がきたと思うんです。本質的な映画っていうのは、例えば日本の子供たちは今ものに溢れているから、ものよりも生き甲斐のほうが大事なんだとか、そういうふうな設問の仕方そのものが実に傲慢なものに見えてくる時期がくるはずだと。そうすると今、僕らは「魔女の宅急便」を、作る時期じゃない、そういうときにさしかかってるんですよね。(後略)」


【風の帰る場所】より
(これは1990年代のインタビューの一部です。)



また、堀田善衞さんと司馬遼太郎さんとの対談でこんな事をおっしゃっていました。

宮崎 これから30年、日本の人口は減りはじめますから、攻撃性を失うんじゃないかと期待しているんです。そして、この島で緑を愛して、慎ましく生きる民族になってくれないかなと。根拠のない妄想ですが。。。

司馬 ひょっとすると人口が減る前に、外国系の人が日本人の構成員としてはいってきますね。われわれの20%ぐらい外国系がはいると思うのです。20年後ぐらいに。憲法下にあって万人が平等という大原則がありますから、日本も小さな合衆国になるでしょう。そうなることをいまから覚悟して、飲みがたき薬を飲む稽古をしなければならない。
つまり、決して差別をしてはいけない。差別はわれわれの没落につながります。

〜この後 司馬先生からアジアは好きだし、アジアの人とはうまくやっていかなければいけないけれど、アジアの人とはうまくやってゆきにくいという困難を感じている、という告白があって堀田先生も「この国は脱アジアじゃないかと思う」と同意されていたり、「巨匠も私達と同じ事を思ってるんだ」とウンウン頷けるところもありました😊👍

  【時代の風音】より(1992年発行)



老人や体の弱い人、職業的に接客が多く休めない人達を襲うコロナウイルス。

私はこれを人口操作で被害者のふりをして使う国もあるのではないかと思っていましたが、どうやら日本はそういう悪魔のような国ではなかったな、と安心しています。


これは戦争を仕掛けらてきているのではと疑いたくなるような懸案にも、知恵と司馬先生の言葉で言うのなら、鎌倉武士の「名こそ惜しけれ」で対応できているのではないかと思います。



宮崎先生は何を思っていらっしゃるんだろう、お話を聞ける機会が欲しいな、と思う今日この頃なのでした。