先日、日月神示の拝読会を開いていただき、その二日後に成田の麻賀多神社へ参拝しました。
その夜、「これからはお金をなくしてゆくよ」というメッセージを受け取りました。
しかし現実を考えると、仕事には資格が必要だったり、危険を伴うものも多く、やる気だけでは成り立たないことも多いと感じています。
3年ほど前にもうすでにゼウ氏は伝えています
是非視聴して下さいね☺️
高次元の存在は、「カオスの中から新しいものが生まれる」ことを望んでいるようです。
ただ、私は急激で大きな変革はあまり望んでいません。
そのため、「まずはベーシックインカムのような形から始めるのも一つの方法ではないか」と思っています。
また、お金がなくなれば「お金を巡る争い」戦争は7割ほど減るのではないかと感じています。
残りの3割は、肉食が影響しているのではないかとも思います。
私は、こんな例えで伝えられました。
「大きな洗濯機にたくさんの御霊を入れて洗おうとしているのに、かわいそうになって全部取り出してしまう。
そして自分の靴下だけを『ぽい』と入れて、自分だけ足を洗おうとしている」という姿です。
御霊の洗濯とは、「何を選ぶか?」という選択にかかっています。
その選択の先に、新しい世界が生まれていくのだと思います。
たとえお金がなくなる時代になったとしても、
お肉を食べ残したり、粗末に捨てるのではなく、
大切な命として感謝していただいてほしいと願っています。
「クリエイター」とは本来「創造主」という意味です。
日本では、何かを生み出していく人そのものを創造主と呼びます。
まさに日本は「神国」なのだと感じます。
これから先はアオウエイの世界線となります。「青人草(あおひとくさ)」という言葉には「トクサ」が隠されており、
それは十種神宝、つまり「神の宝」を表しているのではないでしょうか?
世界のひな型である日本から新しい世界はつくられていきます。
自ら何かを求め希望という灯りをともして下さい。
求め始めるという事は、すでに得ているのと同じ事なのです。
その過程でのワクワク感やドキドキ感を大切にして過ごして下さいね。
Spring Volume – Verse 20
It is self-power within other-power.
Even so, it does not mean abandoning oneself completely and folding one’s arms in idleness.
Self-power is essential.
Ritual (matsuri) exists constantly—in sitting, standing, lying down, and walking.
It is not enough merely to pray.
Worship alone is only the form of ritual.
Entering through form is easier,
but at this level of spiritual state, discipline is still required.
Do not become trapped by form.
You must not remain forever in the world of discipline.
After ten years, you should become ten years older.
You must know gratitude.
You must repay gratitude.
The people have little joy
because they have forgotten the gratitude owed to Heaven and Earth.
You must understand the proper order of things.
There must be no false equality.
Politics and economics are secondary matters,
things of the reverse side.
(Recorded: February 3, 1952)
春の巻~第20帖
他力の中の自力じゃ。
じゃと申して、任せ切ったと申して、懐手ならん。
自力大切じゃ。
まつりは常住坐臥にあるぞ。
拝むばかりではならん。
【拝むまつりはまつりのカタじゃ】
カタから入るのが入り易いが、この程度の境地では戒律いるぞ。
カタに囚われてはならん。
戒律の世界にいつまでもいてはならん。
十年経てば十才になるぞ。
恩、知らねばならん。
恩に報いなければならんぞ。
人民、天地の恩 忘れているから、喜び少ないのじゃ。
ものの順序わきまえねばならん。
悪平等ならん。
政治や経済は裏、二義的のもの。
記:1952年2月3日
常住坐臥=いつ、どんな時でも