風がくれた日記帳 -27ページ目

■天国からの手紙

先日、山陽小野田の経営者のみなさまにお誘いをいただき、
私の母校であるサビエル高校の校長先生の卓話をお聞きして参りました。

30分のお話でしたが、
ホテルに帰ってはスタッフに泣かれ、自宅に帰っては主人に泣かれ、
天国からの手紙、奥深い「愛」溢れるお話でした。

ここで私なりにみなさんへご紹介いたしたいと思います。
長文ですこと、ご了承ください。

(前おき)
福岡のある高校生が大学進学をされない、ということで、
3年生の時の学習として全国規模の作文コンクールを目指していたそうです。
全国一位・文部大臣奨励賞他、数々の賞により、
多くの人々の心に「ひじり」さんが存在しているようです。
私にも、昨日「ひじりさんの愛」が宿りました。

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ある生徒さんには噂があり、
誰もが「あのひじりちゃんのお姉さんね。可愛そう」という噂でした。

そこで現サビエル高校の校長先生が、

「ひじりちゃんのことを作文にして
みんなにひじりちゃんのことを知ってもらおう」と声をかけたそうです。

しかしながら首を縦に振らなかったそうです。
ご家族、本人と半年悩み、「書きます!」と宣言。
ひじりちゃんの前で祈りながら文章を進められたそうです。

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生徒さんには、ひじり(聖)ちゃんという妹がいましたが、
7歳5ヶ月で天国へ昇っていきました。

ある日、ピカピカの1年生になって新しい洋服を着て、
自宅を出るときに

ひじりちゃん「いってきま~す」と

お母さん「ひじりちゃん、お母さんをひとりにしないでね~」

ひじりちゃん「お母さんにはお姉ちゃんいるじゃない」と言って

出かけて、すぐに交通事故に遭い、この世を去りました。


数日前には、

ひじりちゃん「お父さんは、死んだらどこに行くの?」

お父さん「お父さんは、地獄かな」

ひじりちゃん「ひじりは、天国に行くの。

天国でお父さんののためにお祈りしてあげるね。

そして、天国から地獄のお父さんにお手紙書いてあげるね。」と。

ご家族は、お父様以外は、クリスチャンで、
ひじりちゃんもカトリックの洗礼を受けたばかりで、
「小さないのり本」など読んでは
常日頃お父様にお話しをしていたそうです。

お父様は、
事故をした運転手を憎んでも憎みきれないほど、憎んでいました。


葬儀の日
お父様が急に大声で叫びます。

「待ってください。ひじりが大切にしていたものですから、

棺に入れないでください。これからは、私が読みます。

そして、私は事故をした運転手を赦します。

ひじりが「運転手をゆるしてあげて」、そう言っているのです。

私は、ひじりが信じていた神様を信じます。」と。


周りはお父様の急変に驚きが隠せなかったようです。

ひじりちゃんからの最初の天国の手紙だったのだと思います。


そして、しばらくして、、、保険金が届きました。
お金に化けてしまったようで、嫌で嫌で仕方なかったそうです。

そして、間もなくそのお金で「ひじり募金」を創られたそうです。

交通遺児のための「あしながおじさん」募金の協力、

バングラヂッシュに小学校を創る資金援助他、

さまざまな募金としてひじりさんの愛が歩んでいきました。

いつもいつも、ひじりさんだったら、と考えて動かれたそうです。

これは、2回目の天国からの手紙だったと、そのように思います。



さて、事故をした青年は、別の重い十字架を背負わされたのかもしれません。
日々ひじりさんにお花を手向けていらっしゃったそうです。

そして10年くらいたったある日、
事故をした彼から結婚式の招待状が届きました。

家族誰もが、
事故で失った大きな大きな存在だったひじりさんのことは
忘れられません。

事故をした彼の結婚式へ、、、、なんて、、、、

「きっとひじりさんは、彼を祝福しているだろうし、

反感を抱くより、ひじりさんは、彼を祝福する方を選ぶでしょう。

ひじりさんの分まで良い人生を送られるように祈ります」と。

3回目の天国からの手紙に、私は驚きが隠せませんでした。

そして、
ご家族は、彼の結婚式へ出席をされたそうです。

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ひじりさんが亡くなった日とサビエルの校長先生の誕生日が一緒だそうです。

「人間は、よりよく生きて、よりよい死を迎え、
その後は神とともに、永遠に生きる」という絶対的な真理。

ひじりさんとひじりさんのご家族から教わった真理を
校長先生は、ひじりさんの亡くなった日と
ご自身のお誕生日を迎えるごとに更新されているそうです。

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■プリンセスガーデンウエディングフェア開催☆

こんにちはニコニコ

5月5日の祝日にウエディングフェアを開催いたします。

今回のフェアは、初めての体験イベントをご準備いたしました。

さてさて、どんなイベントかと申し上げますと、

今回は、、、スピリチュアル体験がございます。にひひ

あまり体験できないことかと。叫び

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とってもワクワクしますよ。ニコニコ

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■健康ストーリー 弓取康英さん

今回の取材は、山陽小野田市の弓取(ゆみとり)康英さんです。
私の中学時代の恩師と弓取さんの恩師が共通なこともあり、
とっても親近感ある先輩に健康ストーリーをお聞きいたしましたニコニコ


■喘息(ぜんそく)発病を機に卓球を始め、
      今の健康と大切な人たちと出会えました。

実を言うと、小学3年生の時に喘息を発病しましたが、
原因は近所の大きな工場の煤煙と道路の排気ガスなどの影響と
父の遺伝からだったと思います。そ
のため、学校 は休みがちで給食のパンを友達に届けてもらうのが
唯一の楽しみでした(笑)

卓球との出会いは、中学に入学するとき、
主治医から「身体を鍛えるために何かスポーツを」と言われ、
友達の勧めもあり卓球部に入部しました。
高校・大学・社会人と卓球を続けてきたせいか、
最近では喘息の発作はなくなりました。
空気も良いところに引越したこともあるかもしれませんが、
やはり卓球のおかげだと思っています。
妻とも卓球が縁で結婚しました。

健康の源は卓球。
人の出会いの源も卓球。
小学生の時に悲観的に思っていた喘息ですが、
そのおかげで卓球・健康・出会い、そして新しいことに挑戦すること
を身につけ、仕事にも人生にも活かされています。

■あるがままの自然「江汐公園」が好きで、
    これからも卓球で地域に健康を還元していきます。

江汐公園を歩くとよく思うのですが、あまり人工的でなく、
このあるがままの自然が好きで、これは人間にも言えると思います。

背伸びをしたりするのではなく、あるがままの生き方、
背伸びをしない自然そのものの生き方をしている人が好きですね。

中坊公平さんの金(きん)ではなく鉄として、という本はご存じでしょうか。
自分を金にみせようとして、メッキがはがれた人を数多く見てきました。
鉄は錆びるけれど、錆びないように磨き、鉄なりの輝きは醸し出すことができる。
鉄のように強く生き、人生も錆びないように自分を磨きながら歩みたいと思っています。

私は金でもなく、銀でもなく、銅でもない。
鉄の生き方で、あるがままの自然体で自分が錆ないように磨きながら生きてきましたが、
これからもいろんな挑戦をしたいと思っています。

これからは、自分が卓球で健康になれたので、その恩返しをしたい。
卓球で多くの人に元気になってもらいたいので、現在、週約160人を指導しています。
高齢化が進んで行く中、一緒に楽しい汗をかいている70歳以上の方々をみて、
私自身、その年まで卓球を続けられるかどうか判りませんが目標になりますし、
元気をいただいています。

現在、全国的に総合型地域スポーツクラブが注目されています。
高齢化という社会問題をこの卓球をはじめとするスポーツや文化で解決していきたいし、
今はクラブマネジャー(日本体育協会認定)のライセンス取得に挑戦して、
地域の人たちに還元したいと思っています。

卓球を続けると、体力がついた、風邪をひかなくなった、
球を追いかけて眼球の働きがよくなるので、視力も良くなった、
目、足を使い、瞬間的な動き、相手動きを読もうとする脳も使うので、
まさに卓球は老若男女ができて、公園のウォーキングと一緒で息の長いスポーツです。
今、市内の公民館を中心に卓球がブームになっています。
誰でも入会可能なので是非皆さん参加してください。

卓球を半世紀続けられたことが、
今は、喘息のおかげだと病気に感謝できるようになりました。


ひらめき電球誠実で、真面目な方で、とても60歳にはみえないお姿。
これからも益々スポーツに地域貢献に、
と活躍していただきたい、と思っております。

ありがとうございました。ニコニコ