清原和博が容疑者となった。それを知った僕は呆然としてました。



今から30年前、清原和博が西武ライオンズ入団1年目から大活躍。その年の秋に彼が新人賞を獲り、その頃僕は生まれました。僕の名前の由来は清原。『和』の字は一緒です。



子供の頃、僕は清原と同様、背が高くて幼稚園の頃はクラスで一番背が高かったです。



小学校の頃はクラス一の問題児になったこともあり、そこも清原にと共通してました。だから少年時代は似てたので清原と比較されることも多かったです。



野球部ではありませんでしたが子供の頃はたくさんの仲間でいつも野球してました。清原が4番でファースト。僕は主に3番レフト。打順も守備も違いましたがいつも清原を意識してました。




清原と違って背があっても体格が無かったのでホームランは全然打てませんでしたが、足が速かったので盗塁でホームランの分も稼いで清原の数字に追いつく。と勝手にライバル心も燃やしたこともありました。



野球一筋の清原と違って僕は野球の他、サッカー、バスケ、体操、水泳など色々なスポーツをしました。



例え学業が悪くても問題児でも清原は野球という大きな武器があるからいいですが、僕にはこれといった武器が無かったので、中学以降は学業も努力しました。



真面目に毎日学校へ行ったので、中学時代は皆勤賞、高校時代は精勤賞を受賞して大学まで進学しました。



そして社会人。僕の身長は中学以降はそれほど伸びず、今の身長の高さは清原どころか桑田真澄と同じくらい。草野球もしましたが、小柄なので守備はセカンド。知名度も無し。




気付いたら清原と共通する部分が少なくなり、比較もされなくなりました。




共通する部分といったら母親が好きな所。逮捕されるまであった清原のブログを観てもそれを感じました。僕も清原も母親に助けられ、迷惑かけてきた。恩返ししたいんです。『和』らしく、平和に和ませたいと。




僕は少年時代、主にサッカーを頑張って全道の大会にも出ましたが、後に荒れてサッカーを辞めてしまい母親をがっかりさせてしまったので。



今はもう一度、スポーツの大きな大会に出たいと思ってマラソンをしています。活躍は出来ませんが、完走すると母親が喜んでくれるので、それが練習や本番がきつくても頑張れる原動力になってます。まだ途中棄権が一度も無いのが唯一の言えることです。



清原は僕と違って世間に観られているので大変ですが、更生して母親孝行、仲間への恩返しをして復活してもらいたいです。



清原がいなかったら僕もどうなっていたか分からないので、彼の容疑は否定しても彼そのものを否定することは出来ないし、清原容疑者とは言いたくないです。



清原和博ブログが復活するのを楽しみに待ってます。