トミーリー・ジョーンズについてこれまでの本ブログ主の印象はというと、

缶コーヒーBOSSのCMで我が音楽観の基幹を涵養せしめた

矢沢永吉のお鉢を奪ったポっと出の外タレめが~、

というローカル&ニッチな感情からのものであった。

 

タスクが煮詰まり

普段夜見ている番組でも見ようとするも

年末編成でつぶれていたので

何か映画はないかとクラウドサービスで

駄作でなさそうなのを

あてにならない作品紹介をカン頼みで

漁っていて見つけたのが

タイトルのコレである。

 

説明文は森林から。

「19世紀アメリカ、ネブラスカ。小さな集落で暮らす独身のメリー(ヒラリー・スワンク)は、病で豹変した3人の女性をアイオワの教会まで連れて行く役目《ホームズマン》に立候補する。そしてその直後、彼女は木に吊るされた悪党ブリッグス(トミー・リー・ジョーンズ)に遭遇、処刑寸前だった彼を、旅に同行することを条件に助け出した。こうして始まった、孤独な女と大悪党の、約400マイル(650km)の長い旅。しかし、彼らを待ち受けるのは、地獄と形容され生きて帰ることもままならない最も危険な荒野だった! 過酷な気候、狂暴な先住民、そして命を狙う盗賊たち…。2人は無事にこの任務を全うすることができるのか! ?」

 

(西洋)時代劇モノなら駄作でも雰囲気楽しめるからいいや、という打算もあった。

てっきりアクションかとも思ったが、内容は異なり結論から言えば堂々の名作である。

原題は「The Homesman」、この邦題は一体どうしたんだ。

 

主役は三十路過ぎて未婚の身空で

見渡す限り地平線の乾ききった開拓地で

家畜も土地も持ち、農作業もこなす

メリーというどう見ても

シュワちゃんとオバマを足して2で割って

女体化したようなご婦人。

たまに横山光輝版(コーエーじゃねえぞ)趙雲子龍を実写化させたらかくや

という凛々しい表情もする。

あまりにも男気オーラがあふれんばかりなせいか

結婚を打診した男からのきなみ平凡で説教くさいを言い訳に断られてしまう。。。

 

このシュワちゃんが精神が壊れた人妻3人を牢獄馬車にのせて

ミーズーリ川を超えた先にある神父のもとに届けるのだ。

 

人妻3人の壊れた理由は

夫が開拓生活か原罪獣オスゆえの特質か

DV&ムリセクきめまくってたからである。

で生まれてくる子どもは待望のオトコではない。

新生児は見捨てられボットン便所にポイ。。。

 

教養を鼻にかける喪女三十路ブスに

家庭に抑圧され夫に虐待される人妻、

ここらあたりですわ、フェミ映画かと身構えたが、踏みとどまる。

(実際、トミーリージョーンズは来日時この映画を

フェミニズム映画だがヒューマニズム映画でもあるといったそうな)

日本みたくクサレアイドルをつかわず

マッド○ックスXXXの△△ロードで綺麗ドコの女優でもない

主役の顔面は敢えてシュワちゃんなのである。

 

映画を見ていくと日本のフェミ学徒が説くような

輝かしい女性!では済まされない凄惨な試練が続いていく。

シュワちゃんが名前つけて博愛にもれなかった馬は

一行の命と引き換えにインディアンに食肉用としてわたり、

シュワちゃんが尊厳をまもろうとした道中毛皮にくるまれた死体も

トミーリー扮する同行の老無頼が死者には必要ないとして

生きている一行の暖のため毛皮をはぎとってしまう。

死んだ子どもが埋葬後にオオカミに食い荒らされた跡をみて

シュワちゃんは改葬しようとするが、トミーリーに置いてきぼりにされてしまう。

シュワちゃんの行動はすべて史記で項羽に評されたような「婦人の仁」なのだ。

一方でその優しさゆえに3人の病んだ人妻は小康状態になる。

(不法占拠で死刑執行直前だったトミーリーも

結局シュワちゃんの打算半分優しさ半分に救われたのだが)

 

マッド○ックスで見たようなオンナの無双!というのは

ほとんどない。病人3人のうち一人が一時さらわれ、追いついたトミーリーと格闘中の

犯人の男の頭に銃弾打ち込んだくらいだ。

(トミーリーには九死に一生だが)

 

一行にはトミーリーの土地勘とサバイバル術がなければ危うい場面がいくつもあったし、

3日飲まず食わず食料を救ったのは投資家の貸切であったホテルを

オンナを助けねえ奴は許さんとトミーリーが焼き討ちして(数人は焼死したこと確実)得た

豚肉一匹分である。

 

日本フェミ学徒がいくらオトコ社会の原罪をわめこうが、

開拓地アメリカでは自分が罪の返り血を浴びなければ生きれない

その自覚なしでは済まないほど執拗に見舞われる自力救済の試練がある。

 

途中で世の中と自身のオンナとしての価値に自信を失ったシュワちゃんは

トミーリーに迫って同衾するも翌朝自殺してしまい、主役の使命はトミーリーに引き継がれる。

奴隷も輸送する渡し船から無事ミズーリをわたり、目的地の街につき3人を送り届けることに成功した。

ただシュワちゃんからもらった報酬の手形は発行元の銀行が潰れていたし、

焼き討ちしたホテルの逃げたメイドとは街で出くわしてしまっている。

 

ラストシーンは復路の渡し船で

酔っぱらったトミーリーが拳銃ぶっぱなして問答無用で独壇場の伴奏つきダンスを踊る。

彼が手持ちにあった金で街で作わせた

シュワちゃんの名前が刻まれた木製の墓標は

気荒な船員に足蹴にされて川にドボンされる中

対岸に船が着こうかというとことで映画はおわる。

墓標の行方に気づいて自暴自棄になるか

放火の罪で追っ手につかまり今度こそ死刑になるか

単に元脱走兵として野垂れ死ぬか、

対岸で遠く消えゆく老無頼はダンスでヤケクソでも楽しそうにも見えるが

いずれにせよ観客は彼の明るい未来を想像できないだろう。

 

シュワちゃん一行を獲物と狙いを定めるアメリカ先住民の隊列に

非西洋の賢者の風格などなく、単に荒野で遭遇する未知の他者であり、

渡し場でつながれた黒人奴隷たちも背景でうつるのみ。どちらも「語らない」。

主人公、そして女たちは罪を犯すことなしでは自分の生存も尊厳も守ることはできない。

トミーリーは一見、マッド○ックスのマックスあるいは許されざる者のビルの役割を負っているが

老人だし銃や格闘で卓抜しているとはいえない。

恨みを晴らしたホテルの男どもには不意打ちの放火をして待ち伏せして一人に一発足元にお見舞いしたくらいだ。

 

ヒーローはおらず自分の利益に裏打ちされた正義を

めいめいが持ち身ぐるみはがし合うだけだ。

(ここらへんはイーストウッドの先行業績と

許されざる者に帰結する西部劇の伝統の変遷がでかいと思う)

 

マッド○ックスも許されざる者もそうだが、

荒野における西洋文明で強力に作用するものとは

オラが身内のオンナに手を出す奴は殺されたって文句は言えねぇ、

というレディファーストだ。

これは一見、日本フェミ学徒が欧米デワ~の出羽守となってイキりそうな文化だが、

本作のストーリーの前提である3人の人妻がなぜオトコの暴力と家族の束縛を

甘んぜざるを得なかったかの背景と表裏一体だと思う。

 

自分を無条件に守る他者は転じて自分を無条件で支配できる存在である。

中には自分で自力救済できるオンナもいるだろうが全員がそうではない

社会的な情緒として自分が守られるジェンダーならそれに乗っかってしまう

者も出てくるだろう。おそらくシュワちゃんもといメリーも

自力救済できるオンナとして例外中の例外だったから

オトコには「威張ってる」ように見えモテなかったのだろう。

 

なぜ結婚を望んでいたのにできなかったのか、

或いは自力救済ができていたのか。

ある意味作中で最も悲劇的なその根源は最期にトミーリーもといジョージとの同衾で

暗示された「性嫌悪」だったのだろうと。