軍隊にいた日々。
叫び声と号令、硬い地面と冷たい空気の中、
俺は、一つの「静けさ」を探していた。

朝は決まった時間に起き、布団をたたみ、靴を磨き、銃を拭く。
その繰り返しの中で、
ある日ふと、手の動きに呼吸を感じた。
動きに「意味」と「整えられた美しさ」があると気づいた瞬間だった。

それはまるで、抹茶を点てる所作のようだった。

茶筅の音、湯気の立ち上る瞬間。
その一つひとつが、心を静かにする。
そして、もう一つ思い出したのは──
生け花。

花を摘み、形を整え、器にそっと置く。
「美」とは、無理に咲かせることではなく、
咲こうとする瞬間を見つめること。

俺は6ヶ月間、花を摘み続けた。
軍服のポケットに隠し、俳句ノートに挟んで乾かし、
除隊前にそれらをラミネートした。

心が乾かないように、花を乾かした。
それが、俺にできる唯一の「愛の保存」だった。

そしてもう一つ──
夜の見張りの時間。

世界が止まる時間。
誰もいない、声もない、風すらも息を潜める中で、
俺は空を見上げた。

そこに、月があった。

最初はただの灯りだった。
でも、何日も見続けるうちに、
月は「聞いてくれる存在」になった。

彼女のことも、夢のことも、
誰にも言えなかった思いを、
俺はすべて、月に預けた。

満月の夜、俺は心の中でこう呟いた:

Dolunay günü
Hakaret değil midir?
Işığı yakmak

和訳すると:
満月の夜
灯りをつけることは
月への侮辱じゃないか?)

その夜、俺は灯りをつけなかった。
月の光だけで、十分だった。

ときには、訓練の合間に夕日を見つめた。
燃えるような空に、**「ああ、生きてる」**と思った。
誰にも気づかれずに、自分だけの時間を感じた。

この軍隊という鉄の世界で、
俺は確かに、静けさと美しさに出会った。

そして、心に決めたことがある。
いつか日本で、抹茶の作法を学びたい。
一杯の茶の中に込められた、
「無」の美しさと「礼」の重みを、肌で感じてみたい。

また、生け花も。
一本の枝、一輪の花で語る世界。
そこには、軍隊とはまるで逆の、でもどこか共通する「精神の研ぎ澄まし」がある。
戦の技が、平和の美を恋しくさせた。

「美しく整える」ということは、
ただ飾ることではなく、心を映すことだ。

俺は、日本のその静けさに、
いつか深く触れてみたい。