ロンドンパラリンピックを目指すアスリート:鳥越 玲那

はじめまして!
鳥越 玲那(とりこし れな)とアイメイト(盲導犬)セラフですU^ェ^U
今日から、ネクスタイドエボリューションさんのブログで、
記事を掲載して頂くことになりました!
ばんざーい♪(ノ^▽^)ノ
世界の舞台で走ることを目指し、セラフと頑張っている道のりを
少しでも多くの方々に知ってもらえたら嬉しいです☆
よろしくお願い致しますm(_ _)m
ではまずは、私のプロフィールからどうぞ!
名前:鳥越 玲那(とりこし れな)
性別:女性
生年月日:1985(昭和60)年11月30日
血液型:A型
競技種目:陸上競技(800m/400m/200m/100m)
免許:鍼師/灸師/あんま・マッサージ・指圧師
趣味:音楽(聴くのはJAZZ、歌うのは邦楽が好き)/スポーツ観戦
特技:早寝
クセ:いつの間にか歌い始める
好きな食べ物:フルーツ
嫌いな食べ物:海草類(のり以外)
好きな場所:競技場/お風呂/お布団
嫌いな場所:ごみごみした場所
アイメイト(盲導犬)
名前:セラフ
性別:オス
生年月日:2005年8月19日
色:イエロー(白ラブ)
性格:おっとりで、ビビリぃ
体重:24.5~25kg
セラフは、2歳のときに私のアイメイトになりました。
Lena+Seraph
日経MJでピープルデザイン
がデビュー!
もう既にご覧の方も多く、早朝からお問い合わせが続々ですが、
本日売りの三面マーケティングのページで
ドカンと解説いただきました。
昨年から日経新聞のT記者にコツコツご取材いただいて
今日に至りました。
スタッフ一同、気持ちも新たに邁進していきたいと思います!
関係各社の皆様、そして全てのお客様、
引き続きどうぞよろしくおねがいいたします!

もう既にご覧の方も多く、早朝からお問い合わせが続々ですが、
本日売りの三面マーケティングのページで
ドカンと解説いただきました。
昨年から日経新聞のT記者にコツコツご取材いただいて
今日に至りました。
スタッフ一同、気持ちも新たに邁進していきたいと思います!
関係各社の皆様、そして全てのお客様、
引き続きどうぞよろしくおねがいいたします!

大好評につき追加上映決定!@新宿ピカデリー
映画「時をかける少女」の音声ガイダンス付き上映ですが、
大好評につきまして、
4月15日(木)12:50~、15:30~からの2回、
新宿ピカデリーにて、追加上映が決定いたしました!
皆様お誘い合わせの上、ぜひご来場ください!
※音声ガイダンスを受信される方はFMラジオとイヤホンをご持参ください。
※劇場内で音声ガイダンスをスムーズに受信していただくために、
事前に88.5MHzにチューニングしてご来場いただきますよう
お願いいたします。
映画「時をかける少女」の通常上映は、新宿ピカデリーほか、
全国で大ヒット上映中です!
映画「時をかける少女」劇場情報はこちら。
http://tokikake.jp/news/theater/
ゲーテの皆さんが取材にきてくれた!

愛読しているゲーテ(幻冬舍)の編集の皆さんが
取材に来てくれました。
シリーズで連絡している「熱狂人生」で6ページっ!!
4月末売り号で掲載されるらしいです。
幻冬舍は新刊や文庫でも、秀逸な作家の書籍が
多いので、実は私かくれファンだったのですが。
正直、僭越かつ光栄の極みです。
なにより編集のOさんやライターのSさん、カメラマンさんに
至までのプロフェッショナルな心意気が鮮やかです。
こういう人たちがいれば、読者の心を
揺さぶるんだろうなあああ、、、、と、
実に感じ入るものがありました。
壮絶な取材活動の中で、編集のみなさんは
だれよりも私の人生を知った人となりました。
底が浅くてすみませんでした。
でも、とっても楽しみにしてまーす!
「うっちーが見つけた "知らなかった情報"」
「いよいよ来年に向けてキックオフした
"難聴の方々にライブを楽しんでもらおう"という、
うっちープロジェクトなる企画。
ディレクターを務める我らがウッチーがみつけた情報をご紹介します、、、。
デンマークの補聴器メーカー WIDEX
http://www.widexjp.co.jp/
ワールドカップ目前の2010年だけど、そういえば
サッカーの試合の入場のときに、選手と手をつないで出てくる子供達に
ハンディキャッパーが混ざっていないのはなんでだろう?」
デンマーク監督インタビュー
http://www.wc-2010-widex.jp/
以下、「WIDEX × FIFA オルセン監督補聴器を語る」
http://www.wc-2010-widex.jp/popup.html より引用
難聴であることの自覚
私がはじめて難聴を自覚したのは、25~30年前、20代後半の頃でした。母が聴覚に障害があったので、難聴というものについて全く知らない訳ではありませんでした。自分が遺伝性の難聴であることがわかった時も、「難聴は障害である」ということは理解していました。また、母との経験から、難聴者と話をする場合は大きな声を出さなければならないこと、そして、それがどれだけ腹立たしいかということもわかっていました。しかし、逆の立場に立ってしまった時、私は、「すいません。今、何を言ったのですか」と尋ねなければならなくなってしまったのです。
そして、私と家族の悩みが始まりました。難聴の場合、雑音が多い場所で同時に複数の人たちに話をされると、聞き取ることが非常に難しくなります。そして、会話の内容がわからないと、だんだんと周囲から孤立したような気分になってしまいます。笑うべきところで笑わず、笑うべきでない時に笑ってしまうのではないかという不安な気持ちになります。でも、それは単純に何を言われたかが聞こえていないから起きていることなのです。補聴器をつけるまで、私は、なんとなく迷子になってしまったような気がしていました。例えば、パーティ会場などで大勢の知らない人たちの中に一人ぼっちでいる時のような、周囲の社会から孤立してしまっているような感覚です。
私にとって、難聴が大きな問題となってきたのは、15年ほど前にプロサッカーの監督になった時でした。当初はさほどでもなかったのですが、だんだんと様々な問題が出てきました。例えば、記者会見やメディアとのインタビューの際に、後方に着席している人の発言が聞き取れなくて復唱をお願いしたりとか、マイクを使って質問をしてもらうように頼まなくてはならなくなったりといったことが起きるようになりました。聴力の悪化に伴いそうした問題も大きくなってきたので、私は、解決の方法を考えなくてはならなくなりました。
デンマーク代表チームの監督に就任した際、私は難聴である事を公式声明として発表しました。最初の記者会見で、私はもう若くないので少し大きな声で発言してくださいとお願いしました。それを聞いて記者たちは、どういう意味かと尋ねてきました。私が冗談を言っているのだと思ったかもしれません。私は、自分の聴力に問題がありまれに聞き取りにくい時があるという説明をしました。私は、公に発表することが重要だと思ったのです。そして、すでに難聴を認識していた数年前に補聴器をなぜ使おうとしなかったのかと後悔しました。なぜ私はもっと早く補聴器をつける決断をしなかったのか?補聴器をつけることは、難聴であることを自分自身がはっきりと認めてしまうことだと思ったのかもしれません。難聴であることを自覚はしていても、どこかでそれを認めたくないという気持ちもあったのでしょう。今にして考えると愚かな自尊心ではあるのですが・・・。補聴器は老人がつけるものという先入観もありました。しかし、補聴器をつけるようになって、再びまわりの人たちと仲間になったのだという実感がわいてきたのです。
補聴器をつけるという決断
私の母は難聴だったので、補聴器をつけずに生活する事は困難でした。私はそのことを見てきたのですが、いざ自分のこととなると“自分はまだそんなに年をとっていない”と言い聞かせて補聴器をつけることを先送りしていました。しかし、難聴は年齢とは関係なく、全ての人々に起こりうることなのです。私は、プロサッカーのコーチという職業を続けていく上でも、このままではいけない、この状況を何とかしなければいけないと思うようになりました。私が補聴器をつけると決めた時、私は耳の後ろにつけるものタイプの補聴器しか知りませんでした。「ビートルズカット」が流行している時代や女性の髪型であれば、つけていることを隠せるとはと思ったのですが、私の髪型では補聴器を隠すことはなかなか難しいようでした。
しかし、その後、耳の穴にすっぽり入るサイズのデジタル補聴器があるということを知った時に、「よし、試してみよう」と思ったのです。そう決断した時には、すでに補聴器を受け入れる気持ちになっていました。数日の間、小さくて素晴らしいデジタル補聴器を試してみたのですが、私はとても驚き、そして、非常に満足しました。いろいろな声や音が良く聞こえるようになったことはもちろんですが、私が驚いたのは、使いはじめて少しすると、何もつけていないように感じられるようになったことでした。きっとメガネをかけている人が、メガネをかけていることを意識しないのと同じ感覚なのかもしれません。
使うようになってからすぐに、補聴器は自然に私の日常生活の一部になりました。私が補聴器を使いはじめてから、多くの人々は、突然、私が良く聞こえるようになったので、驚いていました。彼らは、私に、“どうしたのか?”と聞いてきたので、補聴器をつけていると説明すると、彼らはみな驚いていました。彼らは私が補聴器をつけていることにまったく気が付きませんでした。何より最高なのは、再び良く聞こえるようになったことです。もちろん、小さくて目立たないので、私が補聴器をつけていることをまわりの人たちが気付かないということも大きなポイントでした。補聴器をつけること、それは、私にとってはまさに新しい耳を手に入れることでした。
私がワイデックスを選んだ理由
私は補聴器についてたくさんの情報を得ることができました。どんなタイプの補聴器が販売されていて、どんな補聴器が私や私の職業に適しているのかといったような情報です。私は、デンマーク製の補聴器が業界をリードしているということ、つまり、最高の補聴器がいつでも手に入る状況にいるということもわかりました。その上で私が補聴器に求めた条件は次のようなものでした。まず、日常生活はもちろんですが、プロサッカーのコーチという仕事をしていく上で問題なく使えること、つまり、機能的でなくてはならないということです。私は現役選手ではありませんが、様々な状況で走ったり動き回ったりということが求められるスポーツの世界に身を置いています。私は、スポーツをしている時にも補聴器が使えるということに少し驚きました。私が汗をかいて補聴器が少し湿ったとしても、クリアーに聞くことができるのです。それに加えて、記者会見などで人と会話をする時に言葉がしっかり聞き取れることというのが欠かせない条件でした。そんな私のリクエストを踏まえて、聴覚ヘルスケアのプロが薦めてくれたのがワイデックスの製品だったのです。
自分にあった補聴器を探すのは、非常に重要なことなのですが、幸運にも私の場合は、すぐに自分にぴったり合った補聴器を見つけることができました。何かが耳に入っているという感覚は数日という短い期間で慣れることができました。私は、補聴器を初めて耳に入れた時に「どうしよう。こんなものはつけていられない」と思ったことを憶えていますが、すぐに慣れてしまったことには驚きました。補聴器に慣れてからは、つけていることを忘れてしまうくらいになりました。私が補聴器を使い始めて4年が経過しましたが、初めてつけた時の第一印象で、「これは自分にあった補聴器だ」と思ったことは今でも鮮明に憶えています。もちろん、自分の聴力に合わせて、より良く聞こえるようにするために調整をしていくことが必要です。補聴器はつけてすぐに使う人に合う訳ではありません。使う人に合わせて補聴器を調整していくというプロセスが非常に大切だと思います。私の場合は、聴覚ヘルスケアのプロが心地良くぴったりと合うまで丁寧に調整してくれたので問題はありませんでした。補聴器のボリュームは、コンピューターが自動で調整してくれます。年齢を重ねることで聴力が変化したとしても、専門家が聴力に合わせて補聴器を調整してくれます。補聴器がすぐにぴったり合わなくても心配する必要はありません。聴力の状態や耳の穴の形は、人によって違いますし、補聴器がぴったり合うようになるまでの時間も人によって様々です。しかし、こうした調整のプロセスを経ることで補聴器は使う人にぴったりと合ったものになるのです。専門家のサポートを受けながら調整を行い、補聴器が自分にぴったりと合った時に得られる満足感は非常に大きなものです。
補聴器によって変わった私の生活
補聴器をつけるようになってから、私の毎日の生活は著しく変化しました。今では、冷蔵庫のブーンという音や我が家のキッチンの時計のチクタクという音まで聞くことができるようになりました。それらの音は、ここ何年かの間、私には聞くことのできない音でした。それらはとても些細なことかもしれませんが、私にとっては当たり前の日常の一部であり、私がこれまで聞き逃してきた音だったのです。
私は思います。「どうしてもっと早く補聴器をつけなかったのだろう」と。最新の技術を搭載した補聴器をつけて、これまでより聞こえるようになったことで、とても充実した毎日を送ることができています。それは普段の生活においても言えることですし、仕事をしていく上でも感じていることです。補聴器をつけたことで、今では、自分が難聴であることを感じることもほとんどありませんし、聴力が低下する前と変わらないのではとさえ思っています。
補聴器では、色々な音が増幅されます。補聴器を初めてつけた時には、その音をちょっとうるさいと感じるかもしれません。補聴器をつけると、これまで聞くことができなかった音が聞こえます。音によっては少し大きすぎると感じられることがあると思います。私もそうでしたが、そういった感じは数日で慣れてしまいました。そして、再びよく聞こえるようになったことで、私は新しく生まれ変わったような気がしています。
補聴器のおかげで私は、難聴ということを意識することなく、毎日の生活を送ることができています。
慣れてくると自分が補聴器をつけていることを忘れてしまったりするので、シャワーを浴びる前に補聴器をちゃんと外すことを自分に言い聞かせなくてはなりません。うれしいことに、私の補聴器は汗をかいても問題なく働いてくれます。私たちのような難聴者は、補聴器をつけて再び聞くことができるようになることで、豊かで充実した生活を取り戻すことができるのではないかと思います。補聴器は生活の質の向上と大きく関係していると思います。
私の難聴は、20年間にわたって徐々に進行していきました。難聴が進行していくにつれて、個人の生活でも、そして社会生活を営む上でも、また、プロサッカーのコーチという職業を続けていく上でも、どこか自分に欠けたところがあるのではないかと思うようになってしまったのです。
しかし、補聴器をつけて聞こえるようになったことで、再び自分も他の多くの人たちと同じようになれたのだと思っています。
補聴器をつけたことで、難聴は私にとって悩みの種ではなくなりました。補聴器のおかげで毎日を活動的に過ごすことができるようになったし、仕事を続けて行く上での問題もなくなりました。小さな補聴器のおかげで、やりたいという気持ちはあっても実際には難しいかなと思って尻込みしてしまっていた様々なことにも挑戦できるようになりました。
小さくて目立たない補聴器は、人間が本来持っている見た目を気にするという性分を満たしてくれるのではないでしょうか。もし補聴器をつけていることがまわりの人からわからないとしたら、それは素晴らしいことです。
もし聴力の低下に悩んでいる人がいたら、できるだけ早く補聴器をつけた方がいいと思います。私は50歳になるまで待ちました。でも待つ理由はないと思います。耳の中に何かを入れるということについても気にすることはないと思います。きっとすぐに気にならなくなるでしょう。そして重要なことは、まわりの人たちもほとんど気付かないだろうということです。確かに人によっては、補聴器に慣れるまでに時間がかかるかもしれませんが、それもそんなに長い時間ではありません。何より大切なことは、再び聞こえるようになることなのです。
"難聴の方々にライブを楽しんでもらおう"という、
うっちープロジェクトなる企画。
ディレクターを務める我らがウッチーがみつけた情報をご紹介します、、、。
デンマークの補聴器メーカー WIDEX
http://www.widexjp.co.jp/
ワールドカップ目前の2010年だけど、そういえば
サッカーの試合の入場のときに、選手と手をつないで出てくる子供達に
ハンディキャッパーが混ざっていないのはなんでだろう?」
デンマーク監督インタビュー
http://www.wc-2010-widex.jp/
以下、「WIDEX × FIFA オルセン監督補聴器を語る」
http://www.wc-2010-widex.jp/popup.html より引用
難聴であることの自覚
私がはじめて難聴を自覚したのは、25~30年前、20代後半の頃でした。母が聴覚に障害があったので、難聴というものについて全く知らない訳ではありませんでした。自分が遺伝性の難聴であることがわかった時も、「難聴は障害である」ということは理解していました。また、母との経験から、難聴者と話をする場合は大きな声を出さなければならないこと、そして、それがどれだけ腹立たしいかということもわかっていました。しかし、逆の立場に立ってしまった時、私は、「すいません。今、何を言ったのですか」と尋ねなければならなくなってしまったのです。
そして、私と家族の悩みが始まりました。難聴の場合、雑音が多い場所で同時に複数の人たちに話をされると、聞き取ることが非常に難しくなります。そして、会話の内容がわからないと、だんだんと周囲から孤立したような気分になってしまいます。笑うべきところで笑わず、笑うべきでない時に笑ってしまうのではないかという不安な気持ちになります。でも、それは単純に何を言われたかが聞こえていないから起きていることなのです。補聴器をつけるまで、私は、なんとなく迷子になってしまったような気がしていました。例えば、パーティ会場などで大勢の知らない人たちの中に一人ぼっちでいる時のような、周囲の社会から孤立してしまっているような感覚です。
私にとって、難聴が大きな問題となってきたのは、15年ほど前にプロサッカーの監督になった時でした。当初はさほどでもなかったのですが、だんだんと様々な問題が出てきました。例えば、記者会見やメディアとのインタビューの際に、後方に着席している人の発言が聞き取れなくて復唱をお願いしたりとか、マイクを使って質問をしてもらうように頼まなくてはならなくなったりといったことが起きるようになりました。聴力の悪化に伴いそうした問題も大きくなってきたので、私は、解決の方法を考えなくてはならなくなりました。
デンマーク代表チームの監督に就任した際、私は難聴である事を公式声明として発表しました。最初の記者会見で、私はもう若くないので少し大きな声で発言してくださいとお願いしました。それを聞いて記者たちは、どういう意味かと尋ねてきました。私が冗談を言っているのだと思ったかもしれません。私は、自分の聴力に問題がありまれに聞き取りにくい時があるという説明をしました。私は、公に発表することが重要だと思ったのです。そして、すでに難聴を認識していた数年前に補聴器をなぜ使おうとしなかったのかと後悔しました。なぜ私はもっと早く補聴器をつける決断をしなかったのか?補聴器をつけることは、難聴であることを自分自身がはっきりと認めてしまうことだと思ったのかもしれません。難聴であることを自覚はしていても、どこかでそれを認めたくないという気持ちもあったのでしょう。今にして考えると愚かな自尊心ではあるのですが・・・。補聴器は老人がつけるものという先入観もありました。しかし、補聴器をつけるようになって、再びまわりの人たちと仲間になったのだという実感がわいてきたのです。
補聴器をつけるという決断
私の母は難聴だったので、補聴器をつけずに生活する事は困難でした。私はそのことを見てきたのですが、いざ自分のこととなると“自分はまだそんなに年をとっていない”と言い聞かせて補聴器をつけることを先送りしていました。しかし、難聴は年齢とは関係なく、全ての人々に起こりうることなのです。私は、プロサッカーのコーチという職業を続けていく上でも、このままではいけない、この状況を何とかしなければいけないと思うようになりました。私が補聴器をつけると決めた時、私は耳の後ろにつけるものタイプの補聴器しか知りませんでした。「ビートルズカット」が流行している時代や女性の髪型であれば、つけていることを隠せるとはと思ったのですが、私の髪型では補聴器を隠すことはなかなか難しいようでした。
しかし、その後、耳の穴にすっぽり入るサイズのデジタル補聴器があるということを知った時に、「よし、試してみよう」と思ったのです。そう決断した時には、すでに補聴器を受け入れる気持ちになっていました。数日の間、小さくて素晴らしいデジタル補聴器を試してみたのですが、私はとても驚き、そして、非常に満足しました。いろいろな声や音が良く聞こえるようになったことはもちろんですが、私が驚いたのは、使いはじめて少しすると、何もつけていないように感じられるようになったことでした。きっとメガネをかけている人が、メガネをかけていることを意識しないのと同じ感覚なのかもしれません。
使うようになってからすぐに、補聴器は自然に私の日常生活の一部になりました。私が補聴器を使いはじめてから、多くの人々は、突然、私が良く聞こえるようになったので、驚いていました。彼らは、私に、“どうしたのか?”と聞いてきたので、補聴器をつけていると説明すると、彼らはみな驚いていました。彼らは私が補聴器をつけていることにまったく気が付きませんでした。何より最高なのは、再び良く聞こえるようになったことです。もちろん、小さくて目立たないので、私が補聴器をつけていることをまわりの人たちが気付かないということも大きなポイントでした。補聴器をつけること、それは、私にとってはまさに新しい耳を手に入れることでした。
私がワイデックスを選んだ理由
私は補聴器についてたくさんの情報を得ることができました。どんなタイプの補聴器が販売されていて、どんな補聴器が私や私の職業に適しているのかといったような情報です。私は、デンマーク製の補聴器が業界をリードしているということ、つまり、最高の補聴器がいつでも手に入る状況にいるということもわかりました。その上で私が補聴器に求めた条件は次のようなものでした。まず、日常生活はもちろんですが、プロサッカーのコーチという仕事をしていく上で問題なく使えること、つまり、機能的でなくてはならないということです。私は現役選手ではありませんが、様々な状況で走ったり動き回ったりということが求められるスポーツの世界に身を置いています。私は、スポーツをしている時にも補聴器が使えるということに少し驚きました。私が汗をかいて補聴器が少し湿ったとしても、クリアーに聞くことができるのです。それに加えて、記者会見などで人と会話をする時に言葉がしっかり聞き取れることというのが欠かせない条件でした。そんな私のリクエストを踏まえて、聴覚ヘルスケアのプロが薦めてくれたのがワイデックスの製品だったのです。
自分にあった補聴器を探すのは、非常に重要なことなのですが、幸運にも私の場合は、すぐに自分にぴったり合った補聴器を見つけることができました。何かが耳に入っているという感覚は数日という短い期間で慣れることができました。私は、補聴器を初めて耳に入れた時に「どうしよう。こんなものはつけていられない」と思ったことを憶えていますが、すぐに慣れてしまったことには驚きました。補聴器に慣れてからは、つけていることを忘れてしまうくらいになりました。私が補聴器を使い始めて4年が経過しましたが、初めてつけた時の第一印象で、「これは自分にあった補聴器だ」と思ったことは今でも鮮明に憶えています。もちろん、自分の聴力に合わせて、より良く聞こえるようにするために調整をしていくことが必要です。補聴器はつけてすぐに使う人に合う訳ではありません。使う人に合わせて補聴器を調整していくというプロセスが非常に大切だと思います。私の場合は、聴覚ヘルスケアのプロが心地良くぴったりと合うまで丁寧に調整してくれたので問題はありませんでした。補聴器のボリュームは、コンピューターが自動で調整してくれます。年齢を重ねることで聴力が変化したとしても、専門家が聴力に合わせて補聴器を調整してくれます。補聴器がすぐにぴったり合わなくても心配する必要はありません。聴力の状態や耳の穴の形は、人によって違いますし、補聴器がぴったり合うようになるまでの時間も人によって様々です。しかし、こうした調整のプロセスを経ることで補聴器は使う人にぴったりと合ったものになるのです。専門家のサポートを受けながら調整を行い、補聴器が自分にぴったりと合った時に得られる満足感は非常に大きなものです。
補聴器によって変わった私の生活
補聴器をつけるようになってから、私の毎日の生活は著しく変化しました。今では、冷蔵庫のブーンという音や我が家のキッチンの時計のチクタクという音まで聞くことができるようになりました。それらの音は、ここ何年かの間、私には聞くことのできない音でした。それらはとても些細なことかもしれませんが、私にとっては当たり前の日常の一部であり、私がこれまで聞き逃してきた音だったのです。
私は思います。「どうしてもっと早く補聴器をつけなかったのだろう」と。最新の技術を搭載した補聴器をつけて、これまでより聞こえるようになったことで、とても充実した毎日を送ることができています。それは普段の生活においても言えることですし、仕事をしていく上でも感じていることです。補聴器をつけたことで、今では、自分が難聴であることを感じることもほとんどありませんし、聴力が低下する前と変わらないのではとさえ思っています。
補聴器では、色々な音が増幅されます。補聴器を初めてつけた時には、その音をちょっとうるさいと感じるかもしれません。補聴器をつけると、これまで聞くことができなかった音が聞こえます。音によっては少し大きすぎると感じられることがあると思います。私もそうでしたが、そういった感じは数日で慣れてしまいました。そして、再びよく聞こえるようになったことで、私は新しく生まれ変わったような気がしています。
補聴器のおかげで私は、難聴ということを意識することなく、毎日の生活を送ることができています。
慣れてくると自分が補聴器をつけていることを忘れてしまったりするので、シャワーを浴びる前に補聴器をちゃんと外すことを自分に言い聞かせなくてはなりません。うれしいことに、私の補聴器は汗をかいても問題なく働いてくれます。私たちのような難聴者は、補聴器をつけて再び聞くことができるようになることで、豊かで充実した生活を取り戻すことができるのではないかと思います。補聴器は生活の質の向上と大きく関係していると思います。
私の難聴は、20年間にわたって徐々に進行していきました。難聴が進行していくにつれて、個人の生活でも、そして社会生活を営む上でも、また、プロサッカーのコーチという職業を続けていく上でも、どこか自分に欠けたところがあるのではないかと思うようになってしまったのです。
しかし、補聴器をつけて聞こえるようになったことで、再び自分も他の多くの人たちと同じようになれたのだと思っています。
補聴器をつけたことで、難聴は私にとって悩みの種ではなくなりました。補聴器のおかげで毎日を活動的に過ごすことができるようになったし、仕事を続けて行く上での問題もなくなりました。小さな補聴器のおかげで、やりたいという気持ちはあっても実際には難しいかなと思って尻込みしてしまっていた様々なことにも挑戦できるようになりました。
小さくて目立たない補聴器は、人間が本来持っている見た目を気にするという性分を満たしてくれるのではないでしょうか。もし補聴器をつけていることがまわりの人からわからないとしたら、それは素晴らしいことです。
もし聴力の低下に悩んでいる人がいたら、できるだけ早く補聴器をつけた方がいいと思います。私は50歳になるまで待ちました。でも待つ理由はないと思います。耳の中に何かを入れるということについても気にすることはないと思います。きっとすぐに気にならなくなるでしょう。そして重要なことは、まわりの人たちもほとんど気付かないだろうということです。確かに人によっては、補聴器に慣れるまでに時間がかかるかもしれませんが、それもそんなに長い時間ではありません。何より大切なことは、再び聞こえるようになることなのです。