実は台風19号が過ぎ去った後 私の母が逝去しました
亡くなってまる1か月がたって今やっとお伝えしようと思いました
台風15号に比べて19号後は電気・水は2日停まったもののうちやこの辺も被害も少なく さて これからこの地域もそろそろ復興していかねば そして私自身も生活の立て直しを考えていかなければと思い始めた矢先のことでした
私達は東京から房総半島に引っ越して さらに関西の実家から遠くなったせいもあり なかなか帰れなかったのですが しっかり者の妹と長男である弟に世話をまかすことができていたので離れていても安心でした
近年介護施設に入る前わずかながら母の世話ができたのと
関西ライブもあったので年に1,2回は会えるようにしていました
母は実は昨年病気が発覚して あとよく持って2、3か月長くて半年持たないと言われていたのに なんとそれから1年半もよく持ってくれたのもんだと思います
父が亡くなってから母の認知症はかなり進み 最近は会っても私のことがわからないに位になっていましたが もともと明るい性格の人だったので 一人の世界の中の一人劇みたいなことを始終やって笑っていたし 歌も大好きで 妹が用意してくれた童謡や歌謡曲をかけてはいつも歌っていたようです
母はずっとまるで不思議の国の住人になっていましたが それはそれでとても楽しそうに見えたし 時折施設で開かれるボランティアの演奏特に民謡や太鼓にはめちゃテンションマックスで施設の生活をそれなりに楽しんでいるようでした (施設の名前もアリス)
空いた時間は昔やっていた洋裁のなごりか 明るい綺麗な布を伸ばしてみたり折り目つけたりとまったりしてたようで 食事も良く食べ妹の持って行った物もでる昼食もほとんど完食
たまに普通に戻ることもあったようで 介護施設に入った当初ふと正気に戻り私達子供達に「私はあんたら子供の事が かわいくてかわいくて仕方ない できることならもう一度皆で暮らしたい」
と言われた時は施設に入ってしまったことがその時一瞬だけ認識できたのだろうと非常に辛かったです
その後慣れるか心配もしましたが母もすぐに施設に慣れ 皆さんスタッフさんにも大事にしていただいたいたようで なによりもしっかり者の妹が毎週施設を訪れていろんなことに対処してもらえていたので私もすごく助かっていました
そんな母も最近は一人劇もしなくなったようで 朝は一人お祈りタイムだったそうです
私が6月に行った時もひたすら手を合わせて祈っていました
おそらくうちら子供と孫 一家の幸せの祈っていたのだと思います
いつも自分のことは二の次で子供が一番の母でしたから
知らせがあってお通夜とお葬式の為急いで関西に帰郷しましたが
お葬式が終わった晩 夜中に耳なりのように母が私を何度も呼ぶ声で目を覚ました
「おかあちゃんは もう行くから あんまりタバコ吸わへんようにしいよ」と言ってその声は消えてゆきました
私が疲れていたのか 又はそれが私の願望だったのかわからないけど 私にはそう聞こえたのでした
最後まで子供や孫のことを気にかけてくれた母
でも普通は49日この世にいるらしいけど 早いやんお葬式終わったらすぐって と一瞬思いましたが
もうこの世ではやりきったし祈りきったし 後半長い間Alice in Wonderlandの住人であったから
もう母は旅立ったのだなと思いました
私は台風が来てから水や電気が止まった時ほとんどキャンプのように生活し 昼間は本を読んだりと
普段は生活に追われていて気づかなかったいろいろなことに気付き 今までを振り返り内観する日々がとても多かったのですが
母が逝ってから特にいろいろなことが今までとは違う形で動きだす
きっかけになってくれたように思います
でもまだまだ自分にはできないこどだらけで 学んでいかなければいけない沢山のことがあるけど
残された人生 楽しみながらもしっかり丁寧に生きたいと思います






