一日本国民として自分の考えを述べることが必要だと思いましたので、安倍元首相の国葬について書きたいと思います。


結論から言うと国葬反対です。

理由としては一般的に言われてることでもありますが、決定の過程や法的根拠が不透明なことはもちろん。そもそも、安倍元首相の政策や国会での答弁、加計学園や森友学園、桜の会などの、疑惑の数々。個人的にはウソやごまかしにしか感じなかった。力さえあればなんとでもできる感じが、はっきり言って好きじゃなかった。


何故、国葬なのか?

首相在任期間最多だから、優れた外交能力で諸外国からも弔意を表されてるとか、またまた外国に日本の力を見せるチャンスとか、外国の要人と会談できるとか、要人がくるから警備も必要だから国葬の規模になるとか、

なんかいろいろ言ってる専門家(コメンテーターかな、わからんけど)もいる。


国葬の定義って何?「定義がわからない」

ただそれだと、どっかのわけわからん議員と同じになりたくはないので、自分なりに定義を考えてみたい。あの人も議員なら自分なりの定義をきちんと考えたうえで発言してほしいわ。まあ、自分で考える力もないのかもね。脱線してしまった。話を戻します。


家に子供の国語辞典があったので開いてみる。

「国葬(こくそう)」国家に功労のあった人が死んだとき、国の儀式としておこなう葬式。


意外と今の政府の決定からあんまり外れてない気がする。。。

反対派としてはあまり面白くない内容だ。

反対するにしても何をもって国家に功労のあったかどうか、が判断難しいところ。


では、「国家」とは何か、同じ辞典によると、

「国家(こっか)」ある広さの土地と、そこに住んでいる人とで作られ、一つの政府でおさめられている社会。くに。


なかなか面白い表現。これは良い。

自分なりに解釈すると、

ある広さの土地は、つまり日本。

そこに住んでいる人で作られは、つまり我々日本人。

つまり、我々日本人が作っている社会に功労のあった人を国葬にするべき。

国をあげての葬儀なのだから、功労があったと、国民の大多数が賛成していないと葬儀を国としてするべきではないでしょ。

自民党としての儀式でするか、安倍派だけですればいいじゃないですか!(それでも税金使われるのあんまり納得できないけど)何故無理やり国でする?外国の要人がくるから、は最初の入り口としては関係ないでしょ。葬儀を国としてあげるかは日本の話なんだから。警備だってコンパクトな方がやりやすいところもあるじゃないですか、規模が小さいと元首相の葬儀なのに外国に対して、かっこ悪い、とか関係ないでしょ。誰のための葬儀なのか?

国葬になれば、都道府県知事が弔意を示し、市町村が従い、各団体もそれにならい、さらにその下のわれわれ一般人も従う。それで国民全体がなんか、安倍さんサヨウナラ、日本のために今までありがとう。みたいな空気になる、をなんか無理やりもっていこうとしてるようで、どうも気持ち悪い。


とにかく国民の多くが反対なのに、国葬とかあり得ない。勝手に決めんな。


私は国葬反対です。