小沢さんが「三権分立の観点から、自分が国会招致されるのは望ましくない」ということをよくいっている。


確かに、このての議論にはいろいろな考え方があるし、ただ単に追及される機会を減らしたいだけ、と取る人間がいてもしょうがないとおもう。


だけど、自分は、小沢さんのこの主張には、ある程度の整合性があるし、少なくとも小沢さんがこの一連の疑惑(僕はむしろあらさがしにしかとれないのだけども)を乗り越えて、影響力を持ち続けられる可能性の最も高い手段だと考えている。


小沢一郎が国会招致を受けるメリットはどこにもない。

それは、政倫審や証人喚問の場が、小沢さんによる「説明の場」でなく、野党による「追及の場」であるからだ。

第一説明の場なら、記者会見などでこれまで何度も説明の場を持ってきている。

追及されるということは、得られる結果は良くて「疑惑は晴れなかった」という平行線状態、野党議員が新しい事実(真実でなくてもよい)をもってくれば、マスコミは「疑惑は深まった」と報じるだろう。小沢さんに対する「マスコミ世論」は国会招致によって改善されることはあり得ない。


「三権分立」というのも、あながち方便ということもできないだろう。

司法、つまり裁判というのは、裁判官という「人間」の印象によってある程度は左右される。つまり、まだ公表されていなかった事実を裏付けをもって裁判の中で公表し、その反証ができなければ裁判官の心象は大きく動く。

その「公表されていない事実」は、裁判所の中でのみ効果を発揮するのであって、国会招致の場でそれを発言したところで裁判官の心象には全く影響がない。次回の公判までに、検察側の反論を考える時間を与えるだけだ。

逆に、野党議員によって「公表されていない事実(真実でなくてもよい)」が発表された場合、その反論が即時にできないと、世論が「小沢有罪」に傾き、結果的に裁判官の心象も小沢さんに対して厳しくなる。正しく反論すれば裁判にはおそらく影響しないだろうが、絶対とはいえない。

「裁判所の外での出来事が、公判に影響を与えてはならない」というのが司法の独立の意味とするなら、裁判になっている以上、公判に影響を及ぼす可能性のある証人喚問や政倫審は開くべきではないだろう、という論理は矛盾なく通るはずなのである。



国会招致が小沢一郎にとってメリットがないからこそ、これからも彼は「三権分立」を盾にそれを拒むだろうし、明確な否定がない以上、野党は国会招致はできないだろう。



どうも、ガラクタこと中山です。

今回、思い立ってブログ、作ってみました。
理由は、自分の夢に一歩でも近づくため。そう、長い文を論理的な組み立てで作っていくこと。
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            中山