「ないものねだり」
カーテンの裾のあたり
木目の床 底冷えする
真冬の夜 ベッドの中
好きな小説を読んでいたい
ゆっくりと過ぎる時が
心を癒してくれるの
慌しい日常の中
1人でいるのが好きになった
なぜ人は誰も
目の前にあるこの幸せだけで
今日を生きられないの
もう十分でしょう
私ないものねだりしたくない
このまま眠くなれば
いつの間にか部屋の明かり
つけっぱなしで夢の中へ
まどろめる自由があればいい
なぜ人は誰も
目の前にあるこの幸せだけで
今日を生きられないの
もう十分でしょう
私ないものねだりしたくない
何かを失うなら
そこまでして欲しいものは1つもない
いま持っているすべてが
私のすべてでいい
そう
目が覚めてもこのままでいい
乃木坂46の17thシングル「サヨナラの意味」通常盤カップリング曲
2月20日。
本日のライブをもって、乃木坂46を卒業する、彼女の誕生日。
僕はもう一度、彼女が教えてくれる
“サヨナラの意味”に向き合う。
これまでの人生で関わった人に、また会える確率は何パーセントだろう?
小学校の担任の先生に、
あの初恋の女の子に、
一緒に汗を流した部活の後輩に、
大学の頃の仲間に、
乃木坂46を卒業する彼女に、
また会うことは出来るのだろうか?
残念ながら、その確率は0パーセントに等しい。
つまり僕はそれらの人々に、死ぬまで会うことはない。
彼女はとても現実的な女性だ。
メンバーそれぞれ、乃木坂をする理由というのは存在するが、
あんなに簡潔的で、必然性がある理由は初めてだった。
そして、その目的を果たすことが出来たから卒業すると、彼女は言った。
人生における再会の確率を、
奇跡としか言いようがない出来事を、
その天文学的数字を、
彼女は絶対に信じないだろう。
それを信じて生きるなんて、彼女には許されないことだったから。
そう、彼女は“ないものねだり”はしない。
「私のことは忘れてほしい。」
卒業を目前に控える彼女の言葉は、
いつかまた会える。というわずかな期待や、希望すらも空虚であることを僕らに教える。
笑顔で幸せを分かち合ったあの日も、
涙を流して別れを惜しんだあの日も、
駆け抜けるように過ぎ去っていく。
僕らはきっと忘れていくだろう。
この別れの悲しみも、愛おしさも
忘れていくから次の出会いがあり、
僕らには未来が出来る。
この別れが最期になるなら、
もう二度と会えないなら、
せめてこの瞬間を忘れないために
別れる相手への願いを込めて
この言葉は存在するのだろう。
橋本奈々未さん、サヨナラ。
どうか、君の人生が、健やかで
そして、幸せでありますように。
2017年2月20日 falcon55
