今月から担当する受講生の病名は、ALS筋萎縮性側索硬化症といって 手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく病気であるが、幸いにも体の感覚や知能、視力や聴力、内臓機能などはすべて保たれる 彼女は言う 家から出れなくとも、パソコンを通して情報収集やコミュニケーションが図れることはとてもラッキーだと・・・今日も、寒さで鼻の頭を真っ赤にした私を笑顔で迎えてくれる 今ここに生きていることがラッキーなのだと思えることはなんと素晴らしいことか 幸せは自分のこころが決めるもの、と語ったのは相田みつを 先日の平野君のお話にもあったけど、世の中のために自分ができる限りのことを為し、自分ができないところは誰かの力を借りればいい・・・美しい夜空を眺めていると、そんな平和な世界がいつの日か必ず訪れるって信じたくなります 昨晩遅く、馬場ちゃんと語っていたら、大口の契約を成約してツッシーがお店に戻ってきた タイミングよくロッド・スチュワートの「この素晴らしき世界」が流れる・・・ 1970年、サッチモの70歳を祝って、彼のこれまでの業績の集大成として1枚のアルバムが収録されることになり、その時に集まった大勢の後輩たちを前にして、サッチモは「この素晴らしき世界」のイントロでスピーチを始めたという
「君達若い連中の中にはオレにこう言ってくる者もいる
『オヤジさん、"素晴らしき世界"ってどういう意味なんですか?
世界中で起こっている戦争も素晴らしいのですか?
飢餓や汚染はどこが素晴らしいのですか?』
だけど、このオヤジの言うことも聞いてみないかい
オレには、世界はそんなに悪くない、と思えるんだ
オレが言いたいのはね
世界は素晴らしくなる、そう思って行動すればってこと
愛だよ、愛。それが秘訣さ
もっともっとオレ達が愛し合えば問題も減るし
世界はとびきりいいところになるんだ
それがこのオヤジのずっと言っていることなんだ」
ツッシーおめでとう・・・
今日の「昭和のメッセージ」は世界のSONY 私が初めてのお給料で買ったのは憧れのウォークマン、確か3万ちょっと(当時の初任給は10万ちょっと)だったと記憶する 創業者盛田氏のお言葉にいまの自分を重ねる 彼が初めてアメリカへ売り込みに行った時のこと 大量の注文を受けるがSONYという社名は使用できないという条件付き そこで盛田氏は「貴社は創業50年、50年前は無名だったはず 我々も50年後にはその名を知れる会社にします」と取引を断る その後2年でアメリカ全土に進出を果たすのだが、アメリカでの求人広告は「英語でタンカの切れる人」これには笑った この私も今から11年前、お店の立ち上げの時のこと 相見積とれば未だ男社会の内装業者からは女の身分で何がわかるんだ?と中傷され 飛び込んだ不動産屋のおやじからは裏にスポンサーいるの?えっ、ひとり?脱サラっていうけど水商売を甘く見ちゃ駄目だね~と嫌味をいわれ F酒問屋からのセクハラに遭ったりで 悔し涙を何度流し、タンカを切ったことか・・・今となれば笑い話だが 保証人になってくれた父、支えてくれた家族 そして、広告部隊は数人の信頼できる友人 そこから始めた名もないちいさなお店である すべてレールがひかれた順風満帆な人生って面白いですか? 私はそうは思わない 自分で考え自分で決断し行動する 時に失敗したらふりだしにもどればいい 反省し悩み苦しみ、そしてまた行動すればいい 自分の人生の責任をとるのは自分ですから もし長生きできたなら、縁側に座って酒呑みながら、今までの生き様をモンスターに語ってあげたいもんだ 昨晩も、様々な業界で頑張っている方々のお話を聞かせてもらい、また沢山元気をいただきました 日々感謝です ありがとう