<毒物カレー事件>上告棄却 状況証拠認定に賛否 有罪「ぎりぎり」「十分」

和歌山毒物カレー事件で、林真須美被告(47)に対する21日の最高裁判決は、検察側の状況証拠の積み重ねによる立証について有罪認定のレベルに達していると判断した。今後の司法判断に影響を与える可能性もある。だが裁判員制度の模擬裁判では、状況証拠だけの事件で4割強が「無罪」に。制度開始に向け、検察、弁護側共に新たな対応が求められそうだ。【銭場裕司、北村和巳、伊藤一郎】

 「難しい事件だったが、詳細な立証が認められた」。判決を受け法務・検察幹部は安堵(あんど)の表情を見せた。最高裁が事実認定の理由を細かく説明するのは異例だ。幹部は「全面否認の死刑事案であることを考慮したのではないか」と推測する。

 焦点は直接証拠がない中、検察側の立証が認められるかどうかだった。ある検察官は「いろいろな背景をつぶし、『この人以外に犯人はいない』と証明する方法」と解説する。だがジグソーパズルを埋めるような難しさをはらみ、ロス銃撃事件(81年)のように無罪が確定した例もある。

 今回集めた状況証拠はまず、大型放射光施設「スプリング8」を使った亜ヒ酸の科学鑑定だ。被告宅などの亜ヒ酸がカレーへの混入物と同じ組成であることを立証。さらに、住民を集めて分刻みの現場状況を再現、最高裁も「混入できたのは被告のみ」と認定した。

 この事件に詳しい白取祐司・北海道大大学院教授(刑事訴訟法)は「ぎりぎりの有罪判決。判決が挙げた証拠は犯人性を示すには弱い」と話す。ロス事件を担当した弘中惇一郎弁護士は「過去に保険金詐欺をしていた夫妻の行動パターンと、状況証拠を組み合わせてできた全体像にずれがある。有罪認定のハードルが低くなるのではないか」と懸念する。

 元最高検検事の土本武司・筑波大名誉教授(刑事法)は「質の良い状況証拠を積み重ねて立証すれば、十分に有罪判断できることを示した。重大事件で動機が、犯罪の成否や量刑を左右しないことも明確にした」と評価した。

 7日に容疑者が逮捕された京都府舞鶴市の女子高校生殺害事件も、直接証拠が乏しいと指摘されており、今回の判決が影響を与える可能性もある。

 ◇模擬裁判、4割強が「無罪」 裁判員制度で審理迅速化、立証に課題

 裁判員制度の下では、状況証拠の積み重ねによる立証に課題が残る。市民には分かりにくい手法である一方で、審理の迅速化も求められるためだ。今回の事件では1700点近くの証拠が提出され、1審で95回の公判が開かれて、地裁判決までに約3年7カ月かかった。裁判員裁判は大半が10日以内に終わるとされ、検察側は証拠の厳選を迫られる。

 同様に状況証拠だけで起訴された傷害致死事件の模擬裁判が昨年7月~今年3月、全国で41回実施された。被告が被害者の腹を踏んで死なせたとの想定で▽被害者と一緒だったのは被告だけ▽被害者の服の足跡と被告のサンダルが矛盾しない--などが証拠だった。

 「従来なら証拠を総合評価して有罪になり得るケース」(検察側)だったが、結果は無罪が4割強に当たる18回。有罪21回、暴行罪認定2回。無罪を選択した昨年7月の東京地裁の模擬裁判に参加した男性は「疑わしいだけで有罪にはできない」と話した。

 林被告の主任弁護人、安田好弘弁護士は「弁護側の反証の機会が減らされる恐れがある」と危ぶむ。一方で「普通の感覚で被告の話を聞けば、犯人性に大きな疑問が生じるはず」とも話した。弁護団の高見秀一弁護士は「証拠が事前に開示されるため、公判の流れも変わる」と語った。

 有罪の証拠とされた亜ヒ酸の科学鑑定も裁判員には理解しにくい。最高検は鑑定書本文を要旨化して詳細は別紙にまとめたり、鑑定人のプレゼンテーションやイラスト活用などを検討している。

 初公判から最高裁判決まで約10年。裁判員制度の場合、検察幹部は「上告審判決まで3年かからないのでは」と分析するが、弁護団の小田幸児弁護士は「公判前整理手続きだけで2、3年かかるのでは」と予想する。