昨日、深い瑕 疵 傷 のこと書いたけども、重要なことは、それってコントロールしたりはできないってことなんだよな。
非常時や動乱時ほど、突如として、無意識に(エーテル体とかと思ってもいいけど)刻印された傷が、突如として表に出てくるんだよな。
通常“忘れてる”のは、心が立ち行かないために、脳が蓋をしてるからなんだよな。でも、傷は刻されたままなんだよな。

それを消すことはできない。どんなに“エクスサイズ”だのやってもね。
でも、ここで思い出してほしい。
「シンゴジラ」のこんな台詞を。

「失った者への悲しみが消えることはない。しかし、それを乗り越えることはできる」

カバールがやってきたこと、やってることは、我々人類すべての共通無意識にとてつもなく深い傷を負わせている。その傷が消えることはない。だが、その悲しみを乗り越えることはできる。

他人事でないとは、そういうことなんだと思う。
この情報戦争で、我々すべてが刻された無意識の傷に直面させられているのだから。