神社にて
                                    hakogame
  とにかく最近、やることなすこと全てがついていない男がいました。
 会社は首になるし、からだはこわしますし、泥棒にはいられます。
 もう、住むところもなければ、何もないという有り様。
 ある日男は、誰も来そうもない、こわれそうな神社にやってきました。
 神様におすがりするほか、どうにもなりませんが、有名な神社ではお賽銭を出さなくてはいけない気がしますし、お金がありません。
「あーあ。全く、生きていたって何もありはしない。どうせ幸せと縁遠いなら、何でもいいから誰かの役にたって死なせてくださいよ」と、ひとり言をいいました。
 すると、突然うしろから、「よし。そんなら、わしが喰ってやろう」と、妙に濡れたような、しわがれた声がしました。
 振り向くと、大きなガマが、口を二階にとどくほどアングリあけて、座っていました。「ちょうど、腹がへってたところなんだ」
 男は、ガマの口があんまりもの凄いので、つくづくと中をのぞき込みました。
「うっへえ、すごい口ですなあ。ああ、奥の方に、大きなおできができていますなあ」と言いました。
 するとガマは、「この間、とげとげの虫をいただいたのが、たち悪くてね。思いきり刺されてから、ずっと痛くて仕方ないんだよ」と答えました。
「それじゃあ、ゆっくり食べた方が良さそうですなあ」
 良いことがなくなってからというもの、誰も口をきいてくれなくて、ガマとしゃべるのが男にとって、久しぶりに他人としゃべることでした。なんだか、うれしくてウキウキしたせいか、男は自分から、ガマの口の中によじ登っていきました。
 ガマの舌の上に腰をおろすと、「こうしていれば、だんだん溶けていきますかねえ」と聞きました。
「まあ、そうだろうかねえ。おできに当たらないでくれるといいねえ」
 風が秋のにおいを含んで、のんびりと吹いています。
「いい風ですなあ」「うん。そうだね」
 風はちょうど良いですし、ガマの口は洞穴みたいだし、話しは楽しいので、男はますますウキウキしてきました。
 そこで、本当にこれっきりの財産、最後に残った一本のタバコに火をつけて、深々を煙りをはきました。とたんに、
 ガガボッ!! ゲュボッ!!
 ガマが、思いきり咳きをして、男は放りだされました。
 なおも、ガマは苦しそうに身を揺すると、三階にとどくまで口を広げると、ガワガワガワッと息を吸い込み始めました。
 イチョウの樹がしなって、きしるほど、もの凄く息を吸い込んで、まん円なからだになると、今度は一遍に息をはきながら、ガンガゲュボボッ!!!! と咳きをしました。
 それが、あまりに勢いがありすぎて、口から皮がくるっと後ろに回ってしまいました。からだの、外と内がくるっと逆になって、お腹の中が外に出てしまいました。
 あんなに大きかったガマが、小さくしぼんだ風せんのようになってしまいました。
 風船から最後の空気がぬけるように、「逆さになっちゃ、お終いだな。さようなら」と小さい声でガマがお別れを告げました。
 男が呆れながらながめていますと、ガマの胃袋に、どうも何か溶けないで残っているようです。「おう。ガマさんの形見の品かな」
 胃袋をふって出してみますと、巻き物が入ったガラスのビンが出てきました。『秘宝 幸運の術』と書いてあるようです。
 ついに運が向いてきたかと、巻き物を広げ
ると、『これを開いたが最後、何がどうあれ、貴殿は幸せ』とだけ書いてありました。
 男はバカにされた感じで、気がぬけて腰をおろしました。
 結局、幸せとは縁がないのだな。生きていても仕方がないかな。でも、生きていれば、ガマが裏返しになる前に、話し相手になれるかもしれないな。あの方も、裏返しになって亡くなるとは、思いもしなかったろうに。
 そんなことを思っていると、またいい風がのんびり吹き抜けていきました。
「なんだか分からないけど、これでいいんだ、きっと。ねえ、ガマさん」と、男はあきらめたように言いました。
 ところが、口に出して言ってみると、だんだん本当に嬉しくなってきて、幸せが近いような気がしてきました。
 男は立ち上がると、「これでいいんだ。全部、いいんだ」と軽く歌いながら、神社をあとにしました。         (おしまい)