「嫌われるヒバリの歌」
by Hakogame
陽射しが少し厚めになってきただけで、あわてヒバリは空高く飛び上がりました。
「春なんだよ! 起きなよ! 寝てばかりいないでさ!!」
土の中から、ふだんは外に出ないモグラが鼻をつきだしました。
ヒバリは、自分のメッセージが届いたんだと喜んで舞い降りてきました。
すると、モグラはくぐもった声で、「うるさいな。おまえの言うことなんて、誰も聞いてないんだから鳴くなよ。それに、おまえに言われなくたって、つくしの根っこの方が、ちゃんと教えてくれるんだよ」と言いました。そして、どこかもっと、下の方にもぐっていったようでした。
ヒバリは何か言い返そうとしましたが、相手はどこかへ行ってしまいましたし、言うに言えませんでした。
仕方がないのでだれか自分の声を聞いてくれたかなと、辺りを見渡しました。
辺りはシーンとしています。
実際、モグラが言ったように、ヒバリの言うことなんて誰も聞いていませんでした。
(ああ、どうしてだろう。いつもそうだ。ボクが人より先に気が付いてしまうからだろうか。どうして夏が起きだしてから、皆は春なんだって思うのだろうか)
ヒバリはきっと誰か自分のことを分かってくれるにちがいないと思って、森の方に飛び立ちました。
森に入ると、急にモカモカした香りがしました。
ヒバリはその臭いにくらくらと下に落ちてしまいました。
ひたいにシワをつくって、なんだろうこの臭いはと考えていると、足下でわいわい遊ぶ声がします。
セリの若葉を押し退けて、きのこの子供がいっせいに揺れて踊っているのです。
きのこらは、みなうれしそうに笑っていましたが、風が吹いてあの臭いが強くなると、もっとうれしそうに笑いました。
ヒバリはどうしても心配になって、「ねえ、どうして笑っているのかい?」と聞きました。
すると、きのこは、「これ、水蒸気の臭いじゃないか。春が来るって臭いじゃないか」と、そんなことも知らないのかの顔で答えました。
もう、ヒバリはいても立ってもいられません。いきなり、高く飛び立つと、森中に聞こえるように鳴き出しました。
「うかれてる場合じゃないよ! あぶないよ! こわい春が来たよ!!」
すると、森中の樹木が、まだ葉っぱもつけていない幹をぐるぐる回して、竜巻きをおこし始めました。「うるさいヒバリめ!! お前なんか、どっかへ行ってしまえ! 春ってのは目出たいものだ。昔からそうなんだ! だいたいお前に何が分かる。偉そうに、そのヘンな声で鳴くな。鳴き方が悪ければ、態度も悪い!」と、竜巻きのきれぎれに叩き付けるように、送ってよこしました。
ヒバリは竜巻きに飛ばされながら、そんな言葉に心を痛めていました。
ヒバリは、少し離れたところの林にたどりtsきました。
高い枝に止まって、さっきの森の方を見ていました。
すると、やっぱり心配していたことが起きていました。
今年は、急に春が来ていたのです。
そして、少しづつ溶けるはずの川や湖の氷が急にとけ始めていたのでした。そのうえ、近い山肌の雪もなだれになって押し寄せてきていました。
ヒバリは目をつぶりました。
もう間に合いません。
なだれや川の急な流れは、森の生き物たちをあっという間に飲み込んでしまいました。
夕暮れになるまで、ヒバリはその枝にじっとしていました。
お月さまが見えてきたとき、やっとヒバリは飛び立ちました。
そして、月に向かって言いました。
「お月さま、みんなボクの言うことなんて聞きません。いつだって、正しいのに聞いてくれないのです」
お月さまは、だまっていました。
「そうでしょうね。いつだって、お月さまはすましていますからね!」といって、ヒバリは自分の巣に帰って、眠りました。
ヒバリはいま、巣の中で眠っています。
そこへ、するするっと、絹のようなものが足音も立てずにはいってきました。
「ヒバリよ、ヒバリ。いつでも正しいヒバリよ。苦しいだろう」と、声をかけられました。
ヒバリが、誰だろうと見ますと、ヘビがつやつやと話しかけてきたのでした。「苦しいだろうから、楽にしてあげよう」
ヒバリはおびえきって何も言えません。
「おや、いつものように、よい声で高く鳴けばよいのにねえ。頭が良すぎて困るんなら、その頭を食べてあげるよ。耳がよすぎて困るのなら、この牙でつぶしてあげようじゃないか。声はよすぎるのなら、そののどをしめてあげようかい」
ヘビはゆっくりゆっくり笑いました。「ヒバリよヒバリ。最後にそこで鳴いてごらんよ」と言ったそのとき、ふっとヘビがいなくなりました。
ざわざわざわっ。
タカが飛び立っていく音がしました。
ヘビはそこにいませんでした。
ヒバリは、目をぱちくりします。
あ。
いま、ヘビがいたはずのところに、お月さまの光がさしていたのでした。
ヒバリは、なんだかもう眠れません。
夢をみていたのでしょうか。
ヘビの声やタカの羽音をたしかに聞いたような気もします。
でも、夢のような感じもするのでした。
ヒバリは、お月さまを見上げました。
「お月さま、どっちなのでしょう」
すると、お月さまの光がもっとふんわりしたように感じました。
お月さまは、やっぱり答えてくれません。
けれども、やさしく包んでくれたようなのです。
「ああ、お月さま。さっきは、ごめんなさい。ひどいことを言って、ごめんなさい」と、ヒバリは言いました。
次ぎの日、ヒバリはやっぱりヒバリらしく鳴いて、春を歌って飛んでいました。
けれど、ヒバリの歌はお日さまのかなでる音楽や、風のたたくタイコのリズムといっしょになって、まだ眠いもぐらの目をさますことはありませんでした。
やっぱり、野原の誰もその歌を聞いてはいませんでした。
けれど、お月さまは地球の裏側で、ちゃんとヒバリの歌を聞いてくれていました。
(おしまい)