水蒸気のお手紙

ずっとずっと雨ふりが続いています。
  雨のぽざぽざふる音と、しずくがぼってんぼってんいう音のほかには、何も聞こえません・・・、いいや、よく耳をすましてごらんなさい。
  がくアジサイの葉っぱの裏側で、話ごえがしていました。
 「あたしは、さっきからメメというお名前になったのよ。お姉さんは、何というお名前?」とかたつむりの妹が聞いています。
 「え? わたし? うーん」といって、お姉さんはしばらく黙ってしまいました。
  雨ふりが続いているので、アジサイの根もとはずいぶん水たまりの中につかっています。
 「お姉さん? ずっと黙ってるけど、お名前考えた?」妹は、せかすように聞きました。
 「え? うーん、よくわからないわ」とお姉さんは、首をかしげて、「あなたのメメっていうのは、どういう意味なの」と聞きました。
 「きれいなお姫様っていうことよ。この間、ダンゴムシさん言ってたわ」
 「ダンゴムシさんとお話できたの? えらいわね。どうやってお話したの?」
 「え? うーんと、忘れた」
  アジサイの下を、アカガエルがお尻を地面にするようにして歩いていきます。
 「あら、可愛そう。足をけがしてるのだわ」
 「あ、おもしろそう! 背中に飛び乗ったらおもしろいわ」
  姉妹のかたつむりは、同時にそう言いました。そして、妹はすぐ続けて、
 「お姉さん、カエルさんの背中に乗ってみせて! かえるさんは足が悪いし、乗りやすい。ちょうどいいわ」と言いました。
 「いやよそんなこと。できないし、しちゃいけないわ」
 「こわいんでしょ」
 「ええ。こわいわ。あなたはこわくない?」
 「こわくない」
 「じゃあ、気をつけていってらしゃい」
  妹はびっくりしたようにお姉さんの方へお目目をつきだしましたが、急に、
 「そうだわ! わたしには、メメよりムウムの方がお似合いのお名前よ! そうでしょう、お姉さん」
  お姉さんは、ゆっくり足をのばして妹の貝殻にのせながら、「そうね。いいお名前ね」といいました。
  そのとき、急に風が強く吹いてきて、ばらっこばらっこという雨の音に変わりました。
 「雲さんがお空から出ていくわ。雨降りもお休みになるようね」
 「そうなの? お日様がきたらどうしようかしら」
 「貝殻のドアをしめておくのよ。それじゃあ、ドアしめの練習をしましょう」
  お姉さんが、貝殻の中にからだをしまって、入り口をすきとおった膜のドアで閉じました。それをじぃっと見てから、妹もマネをしました。
  しばらくして、お姉さんが様子を見にきました。そして、
 「あら、じょうずにできているわ。えらいわ」と言ってくれました。
  妹はうれしくて、そのままじっとしているうちに、眠くなってしまいました。

  のどがかわいて、妹かたつむりは目を覚ましました。
  お姉さんをさがそうとして、あたまを出そうとしますが、ぺりぺりしてなかなかあたまが外に出ません。
  やっとのことで頭を外に出すと、雨はもうまったく上がって、お日様がうなっています。アジサイの葉っぱも、あんなにぬれていたのがウソみたいにキレキレかわいて、ふたつに割れてしまいそうにかたくなっていました。
  妹はお姉さんかたつむりを探しましたが、どこにもいません。シジュウカラがうれしそうに鳴いているので、食べられてしまったのでしょうか。
  妹は、どうしていいかわからずに泣き出しました。
  すると、下の方から緑色のまじった水のつぶつぶが上がってきました。
  そして、妹かたつむりのところでぷちんとはじけました。
  妹がおもわずその匂いをすんすん嗅ぐと、お姉さんの匂いがします。
  妹はお目目をいっぱいにのばして、下をのぞきました。
  今度は、大きい水のつぶが上がってきます。
  妹は落ちそうになるほどお目目と足をいっぱいにのばしました。
  すると、水のつぶの中に何かみえるようです。
  お姉さんの書いた字がありました。
  お姉さんかたつむりが、水蒸気のつぶの中にお手紙を書いてくれたのでした。
 『ムウムちゃん、目が覚めた? あんまり気持ちよさそうに寝ているから、わたしは先に降りてきました。土の中にもぐってらっしゃい。ひんやりして、気持ちいいのよ』
  妹はうれしくて、お目目を4回くらい回しました。それから、(でも、ムウムじゃなくて、やっぱりあたしはメメちゃんよね)と思いました。
  そのとき、もうひとつ水のつぶが届きました。
 『下に来るまでは、もう泣かないほうがいいわ。お水がどんどん外に出ていってしまうから。それから、飛び降りるなら気をつけてね』
  妹は、地面をじっと見下ろしましたが、やがて茎をつたってソロソロと降りていきました。
  アジサイの上に、シオカラトンボがついっと来て、ぴっと飛んでいきました。
(おしまい)