これは私が監視の仕事をしていたときの

出来事です。


もう10年?近い前の話。



毎週土日になると泳ぎにやってくるおじさんがいました。


来ると元気よく笑顔で挨拶をしてくれて

たわいもない話を休憩時間にプールサイドでする。


そしてまた1週間経って、、


そんな当たり前に顔を見る存在でした。



釣りが好きだと言っていたな。



ある日いつものようにプールにやってきて

おじさんは私に言いました。


「しばらくプールに来れないかもしれない」


と。


訳を聞くと

健康診断で肺に影があるって言われて、

たまたま技師の方が知り合いだから教えてくれて病院に行った方がいいと言われたそうです。



「もしかしたら嫌な予感もするからさー」

「俺はもうダメかもしれない」


なんて明るく話していたけれど、

それからしばらくプールに姿を見せることはありませんでした。



私の勤めていたプールはとても小さいプールで、プールサイドに見学席というガラス張りの部屋があり、プールをガラス越しに見学できます。


どのくらい経ったのかは忘れてしまいましたが、

だいぶ忘れた頃に見学席に姿を現したおじさん。


ガラス越しに笑顔で手をあげる。


少し痩せていた。


「やっぱり肺がんだったんだけど、手術をしてさー」


背中から脇の下を指しながら、大きな傷跡があると。


今は放射線治療をしてて辛いと言っていました。


「本当は泳ぎたいんだけどさ、俺はいいけど傷が大きいから他人に迷惑だから」


そのときも笑いながら冗談まじりで、

懐かしそうにプールを眺めていました。



またそこから会えなくて、

だいぶ経った時に見学席にやってきた。

監視台の上にいる私に手をあげて。



また更に痩せてしまっていたけど、

今はやっぱり呼吸が苦しくなるから

歩きながら体力つけてるんだと、

室内シューズを手に持って。


同じ施設内の体育館のウォーキングできるところを歩いているそう。




「オレ、もうたぶんダメだからさ」



「アンタの顔見るとさ、元気になるから」


そう言われて思わず私は手を差し出しました。



私は小さい頃、競泳の大会があると

父がよく私の手を握って

「パパのパワーを分けてあげる」

と手を握りながらブルブルさせてくれていました。

本当に力をもらえてる気がしました。

試合に行く前の儀式。



私はおじさんの手を握って


私の力を分けてあげるから。


大丈夫。


笑顔で手をフリフリして。


なんだか、切なくて。


力のない笑顔だったけど、

手は温かく、人と人が繋がる感覚。


それがおじさんと会えた最後でした。



しばらく経って、そのおじさんをよく知る他のお客さんがおじさんが亡くなったことを教えてくれました。



涙が溢れてきて、

沢山の人に出会ってきたけれど。


何気ない、もし生きていたらきっと当たり前に毎週顔を見てたわいもない話しをして、過ぎていくような関係と時間。


けれど本当は特別な時間。


私にとって忘れられない出来事となりました。





 

アンタの顔見るとさ、元気になるんだよ







おじさん、ありがとう。



私もきっと元気をもらっていたんだな。


なんとなくの出会い。


当たり前だけど、当たり前じゃない。



今も時々おじさんを思い出す。