自分の能力は自分の想像の範囲。自分の潜在能力は自分の想像をはるかに超える。自分を信じる力・・・それこそが自信です。
ロケットが打ち上げられるときに、引力に逆らうほんの数十メートルがいちばんパワーを必要とします。脳の拒否反応も、アスリートの方なら試合が始まる直前が、ロケットの打ち上げと同じ労力を要するときです。だから脳の拒否反応を起こらせないようにすれば、無用な労力を使わずに済むのです。脳も身の安全のために自身にストップをかけてるのですが、そのせめぎ合いこそ緊張という呪縛で自分の身体を自分で攻撃してしまうのです。もう1人の自分、そう潜在意識に自分が望む最高の姿を想像して具体化し、脳裏に焼き付けていくのです。自分の望む姿を、はっきりと自分に言い聞かせることで、戦う前の緊張は「もう1人の自分」が勝手に発信してストップをかけようとしてることに気づくでしょう。つづく
こどもの頃、無理やり勉強をさせられると、途端に眠くなった経験はありませんか?プレッシャーがかかるとき(アスリートなら試合前)に腹痛や下痢を経験したことはありませんか?いづれも脳の拒否反応です。不安や恐怖にかられて現実逃避をしたくなるときに起こります。自分の脳が、やらなきゃいけないことを阻止しているのがわかるでしょう。脳がストレスを感じると、それから逃れようと身体に痛みやダメージをあたえることがわかってきているのです。そうやって脳自身が自分のストレスを解消しているのです。ただし、一旦行動が始まると拒否反応は消失するので脳には二面性があることがわかります。よく、もう1人の自分 と言われますが、まさにその通り。自覚している顕在意識と自覚していない潜在意識です。この2つの意識の使い方が、このブログの肝になる部分なのです。 つづく
カ ーナビは目的地(未来)をインプットしてから進みます。目的地を示さずに道順だけをナビしていつ到着できるかわからなければとても不安で仕方ないことでしょう。本当に目的地につくのだろうか?いま、どの辺りをすすんでるのだろ?あと、どれくらいで到着するのか?など、現在から未来を見渡してしまうと暗闇のなかで車を進めていくようなものなのです。インプットする目的地は自分の想像力でいいのです。アスリートの皆さんなら、表彰台に上がってる姿、勝ち名乗りを上げてる姿を具体的にイメージするのです。自ずと自動でイメージした未来を迎える準備ができるのです。暗闇の中から未来を覗いて疲弊するよりも根拠のない自信を基に、勝手にいいイメージをもつとするとぐっと手繰り寄せるのです。これは脳科学の観点から言えることなのです。自分が作り上げたプレッシャーと戦うことは、過去か未来の中に身を置いてることになるのです。戦いは今です!川の水が流れがあるように、時間にも流れる方向があります。自然に抗っても勝てません。激流に飲み込まれることをせず、考え方を少し方向を変えるだけで自分との争いを止めることができるのです。パフォーマンスを上げるには自分と仲良くすることが、、、つまり、自分を大切にすることが必須条件なのです。終
不安や恐怖など、真実とかけ離れた事からに触れたときにひとのパフォーマンスは低下します。過去、現在、未来のなかでパフォーマンスを低下させる要素があるのは・・・過去は、失敗体験や恐怖体験などを記憶しているので該当します。未来は、将来の不安など目に見えないものを脳で感じることがあるので該当します。現在は・・・頭で想像しているのは、過去のものかまだ見ぬ未来の想像物ではないでしょうか。現在に不安や恐怖は存在できないことがお分かりになるでしょう。つまり、不安や恐怖などは自分で作り上げた偶像なのです。この点からしても、起点を現在において過去の影響を受けることなく、健全に未来を見つめていくことが大切なのです。 つづく
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時間は一般的に 過去 → 現在 → 未来 という方向で流れているように思われています。しかし、実際は 過去 ← 現在 ← 未来 の方向で流れています。たとえば誕生日・・・誕生日は時間が経つと自動的にやってきます。そして、過ぎ去ると誕生日は過去へと変わります。では、なぜ過去から未来の一方通行と勘違いするのでしょう?それは過去から未来を見つめているからでしょう。起点を過去に置いてるために時間の流れに逆行するような思い違いをするのです。時間に限らず、自然の流れに逆らうとどこかに歪みがやってきます。ひとは、現在を生きています。過去に生きることはありません。だから、過去に自分の起点を置くことは、そもそも自然の流れに逆行するもので考え方を変えることが必要になります。 つづく。