2024年12月30日に母(84才)が永眠
2023年の初旬に父から(母の)認知症が酷いとHELP要請が入り、独り身であった事もあって狭い部屋での同居が春先から始まった。
同居当初から毎日が嵐…
公団の住宅でありながら、親に購入してもらった家にこの人(父)が転がり込んできたと発し、攻(口)撃的な振る舞い、アルコール依存のなか、包丁🔪を突き付けられた事も···
3ケ月が経過した頃に布団から終日出ない日が1日半有り救急搬送にて約2ケ月の入院
アルコール依存が原因で肝臓が弱っていた…
この入院期間中は達者な口は衰え知らずで極めて元気であった
2ケ月の入院後に弱り果てた足腰のリハビリを兼ねて介護施設に入所。
入所初日は降りた車から、ロビーにあるベンチまで多少ふらつきながらも歩いていたが、10ケ月後の退所時には車椅子常用に!?
一般の健常者、スポーツ選手等、リハビリって、良くなる為に実施するものまでの期待は高齢であったので、してなかったが悪化して帰ってくるとは想定外 🤔
思わず、施設担当者に①何をしていたのか?②入所から3ケ月経過し支障があれば他施設も視野(案内無し)と矢継ぎ早に質問したところ、曖昧な回答で濁したにも関わらず、リハビリの(過去の)計画書に時間を遡らせサインを要求された。
その日、その場で退所ができるのであれば拒否する事もできたが、少なからずあと数日滞在する事を踏まえ渋々応じた…
新たな介護施設は父がデイサービスで利用している小規模多機能型。
母が利用している事務的な施設には無い、人間味のあるスタッフがいいと妹と合致。
この先両親がいつまで存命できるかも考慮したうえで『時間の共有』をさせた。
入所から1ケ月が過ぎた頃、同施設内での階段で3階まで到達した事への報告があった
諸事情を踏まえ、可能であれば2人一緒にデイサービスでの利用を検討していた(より長い時間共有)
が、その2週間後に母が救急搬送。肝臓の病気の再発が主たる原因で、施設の訪問している医師からは『廃用症候群』との説明を受けた(2024.11月)
初めて聞く言葉だったので、どのような状態かを確認すると老衰に向けての動きが始まっているとの事だった。
治療が終わり、その後を決める時での説明であった為、選択肢は療養型病院しか残されてなかった
仕事の兼ね合いで、週1の見舞い(面会)に通っていたが、3週目(12月中旬)くらいから看護師さんから、「重症です」との説明を受けた。
11月の時点で廃用症候群の状態であるのは認識していたから、覚悟は決まっていた
12月の最終の土、日の面会時は目は半瞑りで呼吸も苦しそうであった日中。(酸素吸入)
その後、姪っ子が時間差で来て、姪っ子ならでは対処(爺、婆とよくカラオケに行ってた)の耳に歌っていた曲を聴かせたところ、大きく目を見開いて、声を発した。これが最後の肉声だったなぁ
12/30 6時過ぎに看護師から危険な状態にと伝えられたが、仕事の兼ね合いで行けず昼過ぎに着いた時には永眠。
妹と自分で考えた親孝行って、足りてたのかな?
相談する相手もほぼ居なく、命のコントロール(延命処置等は軽めに妹と相談)についても正解であったのか···?
高齢者の親孝行で、何かアドバイス等 発してくれる方がいましたら、どなたでも構いませんご教授願います
