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医薬品特許の備忘録

医薬品特許に関する日々のニュースや気づきを忘れないうちに記録する備忘録です。医薬品以外も時々。

2025年4月、厚生労働省は、後発医薬品が先発医薬品の特許に抵触していないかを確認する「パテントリンケージ制度」を2025年度内に見直す方針を発表しました。具体的には、税関でも導入されている「専門委員制度」を参考に同制度を導入することが挙げられています。(4月16日に日刊薬業で報道されました)

 

 

 
しかし、すでに米国研究製薬工業協会(PhRMA)が初期意見として懸念を表明しているように、「専門委員制度」を導入しただけでは「見直し」は不十分です。
 

提案:「専門委員制度」の導入に加えて、以下(1)および(2)を導入することを提案します。

 

いずれも、厚労省通知レベルで可能な措置であり、「専門委員制度」の実効性を向上できるものです。

 

(1) 医薬品特許情報報告票の提出を義務付け、特許の掲載基準を設けた上で、報告票を公開する。

(2) 後発品を申請した旨を公開する、あるいは先発サイドに通知する。

 

理由:


5月2日に出されたPhRMAの意見では、いくつかの懸念が指摘されました。

 

主な懸念:

  • 厚労省が特許の侵害判断を行うのは本来の役割ではなく、諸外国と同様裁判所が担うべき

  • 専門委員の意見に法的拘束力がなく、かえって訴訟や市場の混乱を招く恐れがある

  • 制度運用における懸念:専門委員の中立性確保、関係者の意見の扱いや反論の機会、関連特許の網羅性の担保

  • 後発品申請時の通知の必要性

 

パテントリンケージの見直しについては、日刊薬業で加藤先生も述べられているように、立法による根本的な見直しが必須であることに議論の余地はないと考えています。

とはいえ、厚労省通知による日本の運用の現状と、立法には省庁をまたぐ調整の必要性を考えると短期に実現するのは不可能です。

 

そう考えると、今般厚労省が見直しに踏み切ったことだけでも奇跡的な進歩ですね

と同時に、同省通知レベルの修正にとどまるのであれば、見直しが可能なことが確認できました。

 

しかしながら、PhRMAが指摘するように「専門委員制度」の導入だけでは、残念な結果に終わってしまいます。

 

そこで、2025年3月公開の拙稿(以下)で提案した点を付け加え、厚労省通知レベルの修正に留めつつ、今般の見直しの実効性を上げることを提案いたします。

 

決して完璧ではありませんが、これによりPhRMAの懸念もある程度解消することができるはずです。

 

  • 田中康子「エリブリンメシル酸塩事件で顕在化したパテントリンケージの課題解決策の検討」『国際取引法学会』第10号 147_167, 2025年3月,国際取引法学会  https://y.bmd.jp/90/4090/389/__no__

 

拙稿の関連個所を抜粋しつつ提案・コメントします。

 

提案:「専門委員制度」の導入に加えて、以下(1)および(2)を導入することを提案します。

合わせて、専門委員制度(3)については、若干の懸念を提起。

 

拙稿では、「現状に最小限の修正を加える」、すなわちCPTPP18.53条2項遵守のまま、厚労省通知を修正するレベルでの解題解決策(1)~(3)として掲載しています。

 

(1) 医薬品特許情報報告票の提出を義務付け、特許の掲載基準を設けた上で、報告票を公開する。

 パテントリンケージで検討される特許が明らかになり、透明性があがります。

二課長通知の修正とバイオ医薬品に関する通知発出で済む一方、先発側の負担が増えるため業界団体はこの点を避けていると思われますが、見直しの即効性と実効性の観点で、これをやらない手はありません。

PhRMAの意見にある対象特許の網羅性に関する懸念を解消できます。

 

(2) 後発品を申請した旨を公開する、あるいは先発サイドに通知する。

パテントリンケージ実施の時期が明らかになり、透明性があがります。後発品申請後は約1年後の2月か8月に承認されますから、後発品を申請したのに1年たっても承認されなければ、エリブリンメシル酸事件やサムスンバイエル(アイリーア)事件の様な不公平(不平等)が起きていることを世間が知ることになり公平性も多少は担保できるように思います。

こちらも二課長通知の修正とバイオ医薬品に関する通知発出で済む一方、後発側の負担(嫌悪)を伴うと思われ業界団体はこの点を避ける可能性が有りますが、見直しの即効性と実効性の観点で、これをやらない手はありません。

 

(3) パテントリンケージ第一段階(後発品審査)に専門家・専門官庁を関与させる。

このうち専門家による関与について、まさに現在厚労省にて検討中であり素晴らしい進歩だと思っているところですが、PhRMAの意見にもあるように公平性、そして実効性については確かに懸念があります。

 

PhRMAが指摘する通り、代理人は、もっぱら先発を代理する先発代理人ともっぱら後発を代理する後発代理人に、ほぼ分かれています。しかし、法曹に関わる者であれば公平に判断をするでしょうからそれほどの懸念は無いように思います。

むしろ、パテントリンケージについて理解している専門家が関与できないのではないかという懸念の方が重大です。というのは、

パテントリンケージにおける先発特許への侵害有無(場合によっては特許の有効性)の判断は、現時点で判例・判決例が存在しない論点も存在し非常に特殊かつ難解です。そのため、パテントリンケージの専門委員は医薬品の特許係争の経験がある専門家である必要があります。

ところが、医薬品の特許係争に関わる専門家は限られており、さらにコンフリクトがない者を選ぶとなると該当者がいないということも十分考えられます。その場合、医薬品の特許係争の経験がない専門家を選ばざるを得ませんが、論点の特殊性と難解さを考えると実効性に疑問がでてきます。

 

そこで、完璧な解決策とは言えませんが、「専門委員制度」の導入に加えて上記(1)と(2)も行えば、

  • 少なくともどの特許についていつ頃パテントリンケージが行われるのか

が分かります。そうすれば、先発後発両当事者は、事前に判定書、鑑定書等、場合によっては専門委員の参考になるような判決例や学説等の資料を提出できる余地があります。

 

まとめ:

今般のパテントリンケージ見直しに、「専門委員制度」に加えて、以下(1)および(2)を導入することを提案します。

 

(1) 医薬品特許情報報告票の提出を義務付け、特許の掲載基準を設けた上で、報告票を公開する。

(2) 後発品を申請した旨を公開する、あるいは先発サイドに通知する。

 

いずれも、厚労省通知レベルで可能な措置であり、「専門委員制度」の実効性を向上できるものです。

PhRMA以外にも、先発・後発双方の業界団体、製薬企業の実務者の皆様、パテントリンケージについて熱心に研究・情報発信されているブロガー様にも賛同いただけるのではないかと思っています。

 

 

さいごに:皆様、声をあげましょう!

日本のパテントリンケージが正常化し、先発と後発の健全な競争によって創薬大国「日本」の製薬産業の持続的な成長につながることを熱望してきました。

日本の特殊なパテントリンケージについて、これまで、論文、ブログ、セミナー等で、できるだけ理解しやすい表現で情報発信を続けてきましたが、まずは小さな一歩ですが、ようやく見直しが叶うときが訪れました。

将来の立法による大きな改革への橋渡しになるよう、この変革の流れが止まらないよう、各方面の皆様、今こそ声をあげましょう!

 

参考)

・日本のパテントリンケージって?

パテントリンケージ第3回 https://y.bmd.jp/90/4090/399/__no__
・パテントリンケージ関連文献は?

パテントリンケージ第2回 https://y.bmd.jp/90/4090/400/__no__
・世界のパテントリンケージについては?

世界のパテントリンケージ制度の研究  https://y.bmd.jp/90/4090/402/__no__