連続ブログ小説 ネバーフェイリングメモリー 第1話
眠れなかった。
特別な日の前の晩はいつもそうだ。
しっかり寝なくちゃいけないのは分かってるけど、眠れない。ベッドの上で横になって。そのまま朝が来る。そして眠くない。
ちょっと調子狂っちゃうけど気にならない。
だって、今日から待ちに待った―――
冒険の始まりだから。
「おはよう、ディール」
母さんは朝ごはんの用意をしていた。
「昨日は眠れなかったんじゃないの?」
「当たり。でも大丈夫だよ。眠くない」
妙に落ち着いたテンションでオレは返した。でも母さんは苦笑いをしながら、こう呟いた。
「…だから心配なんだけどね」
レタスとトマト。ウインナーに目玉焼きの乗ったプレートをテーブルに運んできた。
トースターのチンという音も鳴り、クロワッサンのおいしそうなバターの香りが漂ってきた。
今日の予定。
フィリス先生の研究所に寄る。そしてそのまま冒険の旅に出発!
うん。シンプルだ。 あまり細かく計画を立てるとタイムスケジュールに追われて大抵破綻するものだ。
そして荷物は昨日のうちにリュックに詰めてスタンバイオッケー。お気に入りのTシャツとジーンズ。そして新品のスニーカー。ケータイも財布も忘れてない。
!おっと。それと…ライセンスカード。
「ディールぅ~!起きてる~?」
家の外から少年の声が響いてきた。オレのよく知ってる声。近くに住んでる友だちのランセットだ。
「うん。入ってきてー!」
オレは二階の部屋の窓から外に向かって声を返した。
下に降りて、ランセットにおはようを言った。
茶髪にキャップ姿のやんちゃな少年。でも、どこか品がある。今日はフィリスさんのところまではランセットと一緒に行く予定になってる。もちろん、これから始まる冒険も。
オレは軽いリュックを背負って、出発しようとしたとき。
「ディールー!さあ行くわよー」
ばたん、と玄関の扉が開く音がして、すぐ近くから少女の声が響いてきた。これも一応オレのよく知ってる声。向かいの隣の隣の隣に住んでる友だちというほど友だちじゃない、同級生のリカだった。
「ねぇ、ランセット。なんで連れてきたんだよ?」
本人に聴こえないように耳打ちした。
「いや、オイラも知らないよ。しかも、なんで仕切ってるんだろうね」
ランセットも困ったという顔をしていた。
「さあさ、二人とも早く!あ、おばさん。お邪魔してまーす」
金髪の前髪をヘアバンドで上げて、スカートの下にスパッツというスポーティーなコーデでまとめてきた。まあ、みんなお出かけするわけじゃないんだから、動きやすい服装が一番なんだろうけど。
リカは憎々しいわけでも嫌いなわけでもないんだけど…元気すぎてちょっとめんどくさいことがたまにあるかな。
「あら、おはよう。リカちゃん。ディールとランセット君だけじゃ心配だったから、リカちゃんも一緒なら大丈夫ね。気を付けていってらっしゃい」
母さんの中ではなぜかリカは高評価だ。親同士仲がいいせいだと思うけど。
オレはランセットと顔を見合わせた。
やれやれ、という顔だった。
フィリス先生の研究所まではうちから歩いて15分。小高い丘の上にそこそこの敷地と、白塗りの3階建ての建物。まだそんなに古くないきれいなセンターだった。
フィリス先生ってのはこの研究所の所長さん。そんなに規模は大きくなくてアシスタントを何人か雇ってるくらいだから、個人の研究施設ってことになるんだろうか。
リカが道中キャッキャキャッキャ言いながら歩いていたので、あっという間だった。時々ランセットが噛みついたり。オレが時々やる気なく受け流したり。
今日呼ばれてるのは確かこの3人だから、仕方ない。遅かれ早かれ会うことになっただろうし、知ってる顔があれば緊張する場も少しは落ち着くのも確かだし。うるさいけど。
オレとランセット、リカはこの田舎街イレキスに住んでる。国も推し進めているある先端技術の研究の実験台になったのだ。ん?被検体っていうのか。
その研究施設の1つがイレキスにもあって、フィリス先生が担当している。希望者を対象にした選抜試験が行われていて、やっとのことでオレたちは合格できた。
法律や科学的ななんかの筆記試験。体力や筋力にコーディネーション能力。カウンセリングも何回か受けにいったりして…それはもう大変だった。でもこれに希望する人はすごくたくさんいて。競争率も半端ない数字だったってきいてる。
ただ、イレキスは若干田舎だったから都市部に比べれば…まあ…ね。
そして数々の難関を潜り抜け、オレはライセンスカードを手にできた!
研究所の前で、忘れていないか気になって、サイフからカードをちょっとのぞかせて確認してみる。ピカピカのかっこいいカード。もらってから毎日100回くらいは眺めている。
隣で見てたランセットは、自分もカードを取り出してにっこり笑顔でこう言った。
「へへっ。ランセットカード」
ライセンスカードと掛けたつもりなんだろう。笑い返して、軽く胸にパンチした。
本当に、二人とも合格できてよかった…
「ちょっと二人とも~?あたしもあるんだけど!―――っと、リカード!」
……。
短い沈黙が流れた。
「リカードって、なんかださいと思うよ」
ランセットの感想にリカはイラッとした。そして
「ランセットカードの方が面白かった」
オレの感想にさらにイラッとした。そしてぷいっと後ろを向き、大人げなかったという感じで言った。
「まあ、あんたたちみたいなお子ちゃまに付き合ってあげてるあたしの身にもなってもらいたいもんだわね。わざわざ乗っかってあげてるだけなんだけど」
『誰もそんなの頼んでねぇよ!』
オレとランセットは突っ込みキャラじゃないのに、リカ相手だと突っ込まざるをえなかった。相変わらずめんどくさい女だ。
そして、三人とも年は同じ。ガッコーも同じ。
研究所にはいるとショートヘアの女の人が受付にいた。オレが話をして呼ばれている旨を説明すると、地下の部屋まで案内された。研究所自体は少し大きな総合病院に似ているのかな。開放的な感じで、ロビーは上まで吹き抜けていた。所々に観葉植物が綺麗に配置されている。ここに来るのは3回目。1回目は精神系の検査のため。2回目は合格後の段取りの説明。
ただ、正直なところ快適な空間だから、2回目にゲーム機やお菓子を持って行ったら施設の人に怒られた。まあ、所長が女性だと清掃や美観にも細かくなるものなんだろう。
地下の部屋は扉が厚かった。そこに入ると、何やら難しそうな機械とかがいっぱいある実験室のようなところになっていた。う~ん…病院とかのMTRやらCTやらのある検査室にも似ているような。
白衣を着た黒髪の女性が佇んでいた。この人がフィリス先生。
背は高くて足も長い。美人と言えば美人なんだけど目が若干鋭いというかキツイ感じのおばさんだ。30いくつかだったと思う。
「みんな、おはよう」
『おはようございます』
低くてセクシーな大人の声でフィリス先生はこう言った。
「今日はいよいよここで君たちのマインドを抽出して生成させるわ。事前に試験をクリアしてる君たちにいまさら細々と説明する必要はないけど…どんなマインドが出来るか私にも分からないわ。だけど…ワンちゃんやネコちゃんなんかのペットと同じようにこの子たちも命を持って生まれてくるの。だから、最後までちゃんと責任を持つこと。これが約束できないと私は生成しなわ」
少し、緊張する。
でも、それは最初から分かっていること。
3人とも、真剣な顔ではいと返事をした。
意外にもフィリス先生はキツイ顔でキツイなりにニッコリ笑った。
「いいでしょう。それじゃあまずリカちゃんからいきましょう。リカちゃん、そっちのベッドに横になって。服は着たままでいいけどヘアバンドとか頭部を覆うものは外しといてもらえるかしら?」
リカは言われた通りヘアバンドを外す。ランセットもはっとして、今のうちから自分のキャップを脱いだ。
機器はCTみたいなやつだった。
「精神を集中させる感じで。でも力まずリラックスしててちょうだい」
フィリス先生は機器の傍らでパソコンをいじっている。
「あなたの精神と同期できたわ。今からその一部をエクストリケーションさせるわ。精神的な疲労ももちろんだけど、自分自身という自我が大きく磨り減る様な感覚に陥ることもあるの。だから、自分の好きなことややりたいこと。大切なもの。強い意志の力を持って。根性で乗り切るのよ!」
「はいっ!」
リカは元気いっぱい返事した。オレとランセットはドキドキしながら見守った。
一瞬。
「くうっ……!」
リカの、ひどい痛みを我慢するようなうめき声が聴こえた。
それだけだった。
煙がもくもく立ち昇ったり、カラフルな色のフラッシュも、配線が切れてビリビリと電気が放電している様も拝めなかった。辺りを見回すと……
