合い鍵と東京タワー

彼女と出会ったのは　大森の小さな居酒屋さんで
鹿児島出身だった彼女と九州の田舎話で盛り上がり
次の店へ二人で出かけた
東京タワーの話題になり　行ったことのなかった僕に
東京タワーのチケットをたくさん持っていると彼女は言った
彼女はHATOバスの添乗員だった
バスガイドの彼女は東京タワーには　何度も行くらしい
そして　観光客の人の余ったチケットなどをたくさんもらい
そのチケットがたくさん貯まっているということを言っていた
僕らはいつか　二人で東京タワーに行くことを約束した

何度かそうやって　会う中になった　そしていつのまにか
つき合っていた　彼氏と彼女の仲だ
彼女はバスガイドで　早朝の夜が明けきれない中を
仕事に行くことが多かった
そんな　彼女に　合い鍵をあげた

当時　忙しかった僕は　休みなく働いていた
そんな僕に彼女は　今日行った　観光地の話や
ワイン工場の見学の話、新しくできたスポットなど
色んな事を聞かせてくれた
どこにも行けなかった僕だけど　彼女の詳しく話してくれる
言葉から鮮やかに情景が浮かぶことが多かった
また、彼女はよくお土産を持ってきてくれた、自分で買うこと
もあったらしいが、観光客のお客さんに貰うの多かったらしい
きっと人気者なのだ
僕の部屋は殺風景だったのだけど、彼女と過ごす期間が
長くなるにつれ　部屋の中には色んな場所のお土産が
あふれかえっていった
それは嫌なことではなかった　彼女がいなくても
いるような温かさが　満ちていた

初めての二人で迎える夏を楽しく過ごし　秋が来て
冬を迎える頃　僕らはささいなことから別れることになった
最後の別れ話は電話で終わった　妙に二人とも静かな声だった
僕は　彼女と別れてすぐ　部屋にあふれていた　彼女が
持ってきてくれた　お土産をまとめ　そして捨てた
そのままだと　どうしても寂しさが募りそうだったから

数日後　アパートの郵便ポストに封筒が入っていた
手紙はなかった　中には
合い鍵　と　東京タワーの入場チケットが１枚あるだけだった

僕は年が明けて　正月気分が抜けそうな時期に
もらったチケットを持って　東京タワーへ登った
予想以上に地上から高いのだと思った
展望ルームから望む３６０度のビル群は　分厚いガラス
が遮っているであろう　風を感じることもなく
ただ、そこらにたたずんでいるだけのように見えた
空虚に感じた　もしくは、彼女と二人で来ていたら
違ったのかもしれないと　一瞬　頭をよぎった
陽が沈んで、夜景がポツリ、ポツリ瞬いてきた頃
デジタル画像の景色のように　荒くなってにじんでいくように
その景色は消えていった
その時、彼女と別れて　初めて泣いているんだと僕は気づいた