認知神経科学17
情動・感情4
脳内報酬系

今回は、情動の神経機構の2つ目として、
脳内報酬系について説明します。

脳内報酬系というのは、
ドーパミンという神経伝達物質を
利用した神経回路で、
感覚刺激が自分にとって
報酬であるかないかを決め、
より多くの報酬を受け取れるための行動を
より多くするように
大脳皮質に対して促します。
そうすると、
自分にとって報酬をもたらす行動が増え、
報酬をもたらさない、
あるいは罰をもたらす行動が減ります。

まず第一に報酬とは何でしょうか。
大きく2つに分けるならば、
1つは、生物学的報酬です。
これは、例えば飢えに対する食物や水、
眠気に対する睡眠、
性欲に対する性行動です。
お腹がすいているときに
食べ物を食べる行動は、
自分にとって報酬となりますので、
脳内報酬系が働きます。

もう1つは、社会的報酬です。
人間は食べ物を食べて、ちゃんと寝ていれば
幸せに生きていけるわけではなく、
友達がいて、大好きな人がいて、
あるいは家族がいて、同僚や先輩・後輩がいて、
そういう人間関係の中で生きていきます。
あるいは全然知らない他人であっても
自分の行動ひとつで相手が喜んでくれたら
誰でも嬉しいものです。
例えば、物を落とした人がいて、
拾って届けてあげたときに
「ありがとう」と笑顔で言ってもらえたら、
幸せに感じるのではないでしょうか。

そういう食べ物や性以外にも
自分にとって報酬となるものはあります。
報酬という言葉を言い換えるとすれば、
「快」感情をもたらす刺激と言えるでしょう。

生物一般に、
自分に快をもたらすものには近づき、
逆に不快をもたらすものを遠ざける性質があります。
例えば、食べ物には近づくけど、
自分を襲ってくる動物には近づきません。
なぜなら、生物は根本的に
生きるためにつくられているからです。
自分の生存を危うくする、
あるいは気分を悪くさせる対象は、
通常であれば、遠ざけます。

そういう学習の背景には効果の法則があります。
効果の法則というのは心理学用語です。
この法則はヒトも含めて、非常に強力に働き、
動物は、この法則に従って行動を獲得します。

効果の法則は、
ある行動の結果として
報酬を得た行動は促進され、
ある行動の結果として
罰を受けた行動は抑制される、
という法則です。

つまり、生物は、
より多くの報酬・少ない罰を求めますので、
罰をもたらす行動をおさえて、
報酬をもたらす行動を増やします。
このように、環境からのフィードバックを受けて、
最大報酬・最小罰を求めて
行動を変えることを強化学習と言います。

ではそれはどのような神経機構によって
実現されているのでしょうか。

現在、それは、
中脳の腹側被蓋野と黒質から
側坐核、線条体、帯状回、大脳皮質への
ドーパミン神経系:脳内報酬系である
と考えられています。

そのことが発見される
契機がとなったのがラットを使った実験、
脳内自己刺激electrical self-stimulation
(Old&Milner,1953)です。

この実験では、ラットの脳に電極をつけて、
ラットがレバーを押したら、
そこに電流が流れるようになってます。
実験者は、脳のさまざまな部位に
順番に電極を刺していって、
報酬を感じる部位がどこなのか探りました。
その結果、中脳のドーパミン細胞を電気刺激したら、
レバー押しが促進されることが発見されました。
その効果は絶大なもので、
中脳のドーパミン細胞に電極を刺されたラットは、
寝ることも忘れてレバーを押し続けました。
それだけ中脳への刺激を求めたのです。

その後、腹側被蓋野と黒質のドーパミン細胞が、
報酬を予告する刺激に対して反応するように
学習することが発見されました。
例えば、エサは強化子になりますので、
この部位のニューロンはエサに対して発火します。
しかし中性刺激に対しては発火しません。
しかし、この中性刺激とエサを対呈示すると、
中性刺激に対しても発火するように変化します。
つまり、報酬を予告する刺激に対しても
反応するようになったのです。

そして現在では、
脳内報酬系の神経機構は
以下のように考えられています。

まず、腹側被蓋野と黒質は、
感覚刺激を受けて、
報酬か罰かの計算を行います。
そして報酬である場合には、神経を発火させて、
側坐核と線条体に興奮情報を送ります。
側坐核は、快情動に強く反応します。
線条体は、基底核に出力します。
基底核は、随意行動の制御に関わる部位ですので、
そこへの出力が促進されれば、
その行動は起こりやすくなります。

逆に、ドーパミン放出がなければ
その行動は促進されず、他の行動が促進されます。

このように脳は、意識に昇らないレベルで
報酬・罰の判断を行い、
最大報酬・最小罰にかなう行動を促進しています。
また前回説明した扁桃体も
意識化されないレベルで反応をしています。

ですからまさに、
好きになるのも嫌いになるのも
根本的には理由はありません。
しかし人間には前頭前野がありますので、
認知の力によって後から
好きになったり嫌いになったりもしますが、
無意識の力は非常に強力です。

例えば、教室が怖くて学校に行けないという子は、
どれだけ意識的に行こうと思っても、
怖いという感情があるので行けません。
だからこそ治療は難しいのです。

今回まで述べたのは、
無意識に働いている情動の
神経機構の概要でした。
次回は、意識化される前頭葉の働きも考察し、
最後に少し補足もしておきます。