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フラフラで、
でもヨタヨタしながらも、亡くなる前夜までは
自力でトイレに歩いて行き、
しっかり排尿排便をしていました。
点滴も嫌がらず、静かに受け入れていました。
しかし、
食べなくなり、吠えなくなり、動かなくなり、
ノイエは何をそんなに急いでいるのか、
私たちにとって、理解が難しかった時期です。
12月10日、つまり3回目の輸液点滴のための診察日には、この先は2日毎にと言われました。
その夜に吐き続けた時、
553と私はようやくノイエのX DAYご近いのではないか。だとしたらノイエにとって負担になることを取り除いてあげたいと思い、メルママの提案通り、
近所の病院に切り替え、そこで輸液やお薬をいただき、自宅点滴を始めました。
553がまず男気を見せ、遅れて私もノイエの点滴に挑戦。とりーさんの指導、メルママの応援を得て行った点滴は、結局3回ずつでしたが、私たちの人生に於いて、かけがえのない思い出になりました。
その頃の私たちは、ノイエが苦しくない痛くないのが大前提でも、いわゆる延命をしたいという気持ちが強かったのです。
その気持ちは12月19日未明を境に変わっていきました。ノイエの徘徊が始まったのです。
ずーっと寝ないでフラフラ歩いていました。
私たちは泣きました。
たぶん、皆さん同じかと思いますが、
一人でいる時でノイエが静かに寝ている時は、
ずーっと泣いていました。
そしてノイエがゆっくり起きて、
トイレか水飲みに行くのを涙を拭いて介助していました。
自分の中で、
ノイエが居なくなったら嫌だ!
ノイエを失いたくない!
でも別の自分が、
そうなの?
このままノイエがダルそうに寝ているだけでも?
あんなに食べることが大好きだったノイエが食べられなくても?
18歳まで生きてほしい?
20歳まで生きたのなら悲しくない?
このように聞いてきます。
亡くなる前日から私はノイエに
「ノイエのタイミングでいいよ!
輸液をさせてくれてありがとう!
メルツとミンミンとリャンリャンとウー君がいるから
怖くないよ!」こんなふうに、とにかくノイエに感謝の気持ちを伝えていこうと思いました。
そして思い巡らしました。
13年前ノイエの懐妊がわかり、出産。
驚くことに6匹の子犬が、とりーさんという救世主の存在で6匹全員無事生まれて、ノイエは553と私の予想通り6匹の子育てを完璧にこなし、躾、涙の断乳、偉大なる母犬として君臨。
夫メルツを9歳7ヶ月で亡くしてから、未亡人になったノイエは7年4ヶ月の間、弟アランと、ノイエとメルツとの間に生まれた大切な子犬たちと暮らしました。
多頭飼いの勧めは千明ちゃんからでした。
ちさちゃん一家や、えみちゃん一家(えみちゃんの長女あみちゃんはその後獣医さんに…😱)
かごめちゃん一家、ゆかりん、ぶみちゃんなど、
ノイエ一家に会うために遥々ノイエの家に来てくれる人たちで、この16年間うちは犬だけでなく、
ノイエは自分の産んだ子犬たちと
ノイエという犬を
私は猫のような犬だと思い、
ツンデレだと思い、
生涯私に甘えない犬だと思っています。
そのくせ、ノイエは私の留守中には、
いたずらをする気満々だったので、
私は外出中いつも
「ノイエ、怒ってるかなー。」と呟いていたらしく、一緒に外出していたシュタママは、
「まりママはいつもノイちゃんを恐がっているよね〜😆」とからかわれていました😅
私はノイエが元気な頃、いつも寝てるノイエに、
「ノイちゃんはまりママの赤ちゃんだからね!
甘えていいんだよ!」と、
言い続けましたが、
ノイエは甘えませんでした。
だから、最後を迎えると察したこの頃は、
この時とばかりに、
力尽きそうなノイエを
私は抱っこしていました。
いつも歯磨きは553の係りでしたが、
私もこの機会にしてみました。
そして口を開かなくなったノイエは、
歯磨きの時だけは少し口を開くので、
それを利用して薬を歯磨き粉に紛らして、
ハミをするフリをして、
投薬していました。

























