誰が言ったか知らないが。通り過ぎるものを立ち止らせよ。そう言えば彼は大道芸人だった。逆立ちしながらお尻で割りばしを挟み、その箸先で5つの大豆をお手玉しながらでんぐりがえるのだ。それはね。僕も立ち止るさ。
それでも。それでもだ。人々は立ち止らない。イワシの群れみたいに前ばっかり見て闇の中に消えていく。そんな彼だから言えたのかもしれない。「闇の向こうには餌があるのか」と。
人々が無関心だとか、無感動だとか、感情が枯れてしまったとか。そんなことを言うつもりはない。だってみんなものすごい勢いで泣いて笑って転げまわっているではないか。皮肉を言ったつもりはない。実際みんなローラーコースターみたいな世の中を生きている。そこで発汗している。叫び回っている。それが無意味だなんて誰にも断言することはできない。だってね。
ある種の残酷さだとか。抜群のセックスアピールだとか。プレイメイト・オブ・ザ・イヤーだとか。もう間違いない。人々は振り返るだろう。もしかしたらささやかな幸せだって提供できるかもしれない。
反面新宿の路上生活者に目を合わせる者はいない。「ガーナの貧しい子供たちに」って叫んだって誰も振り返らない。だからと言って人々の心がすさんでいるわけではない。複雑なのだ。そのへんのことは。とても。
で。立ち止らせよ。振り返らせよ。そんなスローガンっていうか。勝手に言っただけだけど。そんなものに意味があるのだろうか。その前に己の足が、前へ前へと進んでいってしまうことだってあるじゃないか。
